異世界で家庭菜園やってみた
澄み渡る青空。

「いい季節になった……」と呟きながらも、悠里の胸に去来するのは、須江田くんに会わなかったことへの心残りだった。

一週間前。彼に会っていれば、何かが変わっていただろうか。

不意にそう思ってしまう時もあるけれど、会わないと決めたのは自分だった。

それを今更残念に思うなんて、自分で自分が情けなかった。

やはり自分には土との対話が似合っている。

恋だの、交際だの。

彼女にとっては遠い話だった。

悠里はジョーロを片手に空を見上げる。

彼女の心とは裏腹に、空はどこまでも晴れ渡っていた。

ジョーロの中に水がなくなると、まだ小さな芽も見えない土の上に、黒々と水の跡が残っていた。

ぷーんと土の匂いが漂う。

「うん、いい匂い……」

悠里はうっとりと呟いた。

その時だった。

畑の周りを囲む垣根の向こうから、遠慮がちな声が掛けられた。

「志田?」

その声に、悠里は思わずジョーロを落としていた。

何故、今、この時に、彼の声が聞こえてくるのか。

彼のことを考えるあまり、幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。

「志田」

もう一度呼ばれた。

悠里はふるふると小さく首を振ると、垣根の向こうに目をやった。

そこには、幻聴でも幻覚でもなく、確かに彼が立っていた。

一週間前、敢えてメールの返事を返さず、会わなかった彼。

その彼が、どうして自ら悠里の元にやって来るのか。

そんなに悠里に会いたかったのか。

悠里はまた混乱した。

おろおろとジョーロを拾い上げる。

そうすると、少し落ち着いた。

彼女にとって農機具は、彼女を守る盾。彼女の心の拠り所だった。

土の中から「がんばれ」という、小さく幼い声が聞こえた気がして、悠里はやっとの思いで笑顔を作った。

唇を歪めただけの、酷い笑顔だったと思うが、それが今の彼女の精一杯だったのだ。

「志田。久しぶり」

高校時代、見かけては心を奪われた彼の笑顔に、悠里の心臓が早鐘を打ち始めた。

そんな悠里に構わず、須江田くんは遠慮がちに話を続けた。

「この前、メール送ったんだけど、見なかった?」

「あ……ごめん。見たんだけど、いろいろ忙しくて……」

彼に届くのかと思うような小さな声で、悠里は答えた。

「そっか……。待ってたんだけどな。志田の返事」

悠里は視線をさまよわせた。

彼の真意を測りかねて、ジョーロでは足りず、心は鍬を求めていた。

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