異世界で家庭菜園やってみた
背筋に悪寒を感じながら振り返ると、そこにウリエルの姿はなく、きょろきょろと道の向こうまで見渡してみたけど、それでも彼はいなかった。

(ウリエルさん……。わたしに任せるってことなのかな)

気落ちして部屋の中に顔を戻すと、マリュエルがまだにたりと笑っていた。

「貴様。私を無視するとはいい度胸だ」

びくっとして、悠里は愛想笑いを浮かべたが、マリュエルはふんと鼻を鳴らすと「用があるなら、さっさと言え。私も暇ではないのだ」と、あまり興味がなさそうに言う。

悠里はいよいよびくびくして、マリュエルから距離を取った。

「あ、あの……」

「なんだ?何をそんなに怯えている?私が貴様を捕って食うとでも思っているのか?」

「い、いえ。そんなことは全然……」

「だったら、はっきり喋れ。口の中で、もごもご話すな。言いたいことがあるなら、自信を持って言ってみろ」

悠里は口の渇きを感じて、唾を飲みこんでから口を開いた。

「わたしに鍬を……」

「聞こえん」

「わたしに鍬を作ってください!!」

「ふん。大きい声が出せるんじゃないか。私は卑屈な人間は嫌いだ。もっとしゃんとしろ。しゃんと」

「はあ……」

「返事が甘い!」

「はい!」

「つまりは、仕事の依頼か?」

「はい。そうであります!」

びしっと敬礼までしそうな悠里を一瞥すると、マリュエルは艶やかな黒髪を翻して、先程男たちが座っていた椅子にドカッと腰かけた。それから腕組みをして、足を優雅に組むと、悠里に前の椅子に座るように促した。

悠里はそろそろと近付いて、ちょこんと椅子に座ると、上目遣いにマリュエルを窺う。

「仕事の依頼なら聞いてやろう。だが、やるかやらないかは、私の判断で決めさせてもらうぞ」

「え?やらないかも知れないってことですか?」

「仕事の内容いかんだ」

「はあ」

「クワとは何だ?何に使う?」

「あ、あの。農作業に使う物で、こ~んな形をしてる……」

悠里が両手を使って説明するのを、マリュエルは厳しい目で見ている。

彼女の藤色の瞳はこんな時でもきらきら輝いていて、悠里は思わず見惚れそうになってしまった。

「どうした?止まってるぞ」

「あ、ごめんなさい。それで、こうやって、土を耕す」

「つまり、それは個人で使う道具という訳だな。どうしても必要なのか?」

「はい。わたしにはとっても必要なものです」

「何故?」

「え、何故って。鍬を持ってると落ち着くし。何より畑仕事がとても楽になるし」

「貴様が、か」

「え?もちろん、家庭菜園している人なら誰でも欲しくなると思います」

「……」

じっと悠里を見据える藤色の瞳が、いっそう光を強めたような気がした。

こくりと喉を鳴らした悠里に、マリュエルが言い放つ。

「私も暇ではないのだ。貴様の道楽には付き合えない。わざわざ私が作らずとも、何か代用できるものがあるんじゃないか?」

「そ、そんな!?ここまで来て、断るんですか?」

「仕事のえり好みはしたくないが……。私には、どうしても本気が見えないんだ。貴様の本気が」

「本気……」

ヤンにも言われた。

お前の本気を見せてみろと。

(わたしは、すっごく本気だよっ)

けれど目の肥えた職人には、悠里の本気など、ないに等しいものに思えるのかもしれない。

「道楽」と切り捨てられる、悠里の本気。

ディントから長い道のりを越えて、ようやく此処まで辿り着いたというのに。

悠里は自分の「本気」を見失い、途方に暮れていた。
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