【完】そろり、そろり、恋、そろり
シャワーを済ませ、部屋着へと着替えたところで拓斗君が待っているはずのリビングへ向かった。感情に任せてしまい、昨日、今日と少し言葉が足りていなかった気がして、話がしたいと思った。


「おまたせ」


「……いつもの麻里さんだね」


ソファに座る拓斗君の隣に腰を降ろすと、下ろしている私の髪に指を通しながら、彼は呟いた。なんだか嬉しそうな彼に、どうしたんだろうと首を傾げた。


本当は着飾った私に感想が欲しかったけど、今の顔を見たらそんな事は言えなかった。それにしても、今日はいつもに増して触れてくる様な気がする。


嫌というか、むしろ嬉しいけれど、なんだか甘い雰囲気にむずむずしてしまう。


拓斗君をずっと見ていたくて、じっと見つめていると、彼と目が合った。その途端、やさしい顔をしていた彼が急に真剣な表情へと変化した。


逸らす事の出来ない、強い眼差しに、ドキっと心臓が跳ねた。


「昨日はごめん」


「……?」


何に対して謝っているのか、検討もつかなかった。私が抱いた不安や嫉妬は、もちろんバレているはずもないし。


「俺飲み過ぎちゃったからさ、全然覚えてなくて。迷惑かけちゃって……ご飯も作ってくれててありがとう」


あー、その事かと、やっと理解できた。私が全く気にしていなかったことに対しての謝罪に、なんだか可笑しくなった。それに昨日抱いた暗くて重い感情は、礼央と再会して美沙さんと知り合えたお陰で、随分と軽いものになっていた。

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