【完】そろり、そろり、恋、そろり
「こちらがリハビリ室です。……って、まだ来てないか。少々お待ちくださいね」


車椅子に乗せられて、診察室からリハビリ室に今度は案内されたけど、先程呼び出した人はまだ到着していなかったらしく、看護師さんと気まずい無言のまま立ち尽くしていた。


すると後方からバタバタと人がかけてくる音が聞こえてきた。慌てて来た様子から、呼び出されました感がひしひしと伝わってくる。


なんだか申し訳ない気持ちが強くなって、まともに顔を見ることが出来きずに俯いてしまった。


「すみません、お待たせしました」


「「……あっ」」


早く済ませて帰りたいなと考えていたけれど、聞こえてきた声に聞き覚えがあり、慌てて顔を上げるとそこに居たのは……拓斗君だった。





「あれ?松葉杖の貸し出しって麻里さん?」


「大山君お知り合い?だったらあなたに後は全部任せるから。捻挫だけど、骨折なし、腫脹と熱感と疼痛でちょっと炎症が起こってる状態。安静目的と歩行困難のため松葉杖貸し出し」


「まぁ、知り合い……ですね。骨折はないんですね、分かりました。終わったら事務に直接連絡でいいですか?」


「えーそれで大丈夫。カルテは先にまわしておくわね」


「はい、お願いします」


車椅子に座り1人低い位置にいる私を軽く挟むようにして頭上で会話が繰り広げられている。聞きなれない言葉もあったけれど、ちゃかちゃかと事務的に2人が会話しているのは理解できた。


拓斗君、病院で働いていたんだ。思いがけないところで彼の仕事について知ることになったな。普段アパートで見せてくれる可愛い年下君って顔は、今のところ一切垣間見えない。纏っているオーラが、仕事できますって感じだ。何となく今の短い時間でそんな風に感じた。


伝えなければいけないことを伝え終わったんだろう、案内してくれた看護師さんはさっさと帰っていってしまった。
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