【完】そろり、そろり、恋、そろり
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車から降ろしてもらい、病院に到着したのは17時頃。1人で大丈夫と着いてこようとしていたバイト君を強制的に帰らせた。玄関を抜けるとき、扉に『~17時半 受付』と書いてあったから、ぎりぎりの時間だったと思う。じゃあ明日っていう状態でもないし、間に合ったからよかった。


名前を呼ばれ、診察室に行くと、ベッドに座らされて、先生は足首周辺に触れたり動かしたりしていた。


「とりあえずレントゲン撮ろうか」


「……はぁ」


何の説明もないままに、レントゲン室へと連れていかれ、流れるようにレントゲン写真を撮り一度待合室に戻るも、またすぐに診察室に呼ばれた。


そろそろ行ったり来たりが辛いんだけどな、そんな事を心の中でブツブツと言いながら、再び診察室に移動する事にした。


「うん、骨折はなかったですよ。どうします?」


「……どうする…って言われても……」


診察室の椅子に座ったと同時に先生から尋ねられ、苦笑以外どんなリアクションを取ればいいんだって思った。いや、どうしますって言われても、何が何か分からないんですけども。いくらなんでも漠然とし過ぎていると思う。もっと具体的に選択肢を下さい。


「しばらくは安静にしてください。歩けないでしょうから松葉杖を貸し出します」


って結局は自分で決めてるしこの先生。だったら最初からどうする?なんて聞かないで欲しい。心の中でブツブツと文句を言ってみたけれど、そのまま歩くのは辛いから先生の提案を受け入れる事にした。松葉杖なんて大袈裟な気もするけれど、ちょっとでも楽になれるのなら。


「……はい、よろしくお願いします」


私が承諾すると先生は机の上に置いてある時計へと視線を移動させた。それにつられ私も時計を見るともうすぐ18時少し前。いつの間にこんな時間になっていたんだろう。もしかして、ギリギリで迷惑な時間だったかな?


「……リハビリ室で貸し出しますね。そっちで使い方や注意事項も指導してもらって下さい。中田君、リハビリに今から貸し出しって連絡して」


私の返事を聞かぬまま、先生は後ろの方に待機していた看護師さんらしき人を呼び、指示を出し始めた。そしてその指示を聞いた看護師さんは、受話器を手に取り内線をかけ始めた。……はっきりと私にも聞こえてくる会話にものすごく申し訳ない気持ちになった。


『今から松葉杖の貸し出しです。リハ室に案内しますので、誰かリハ室で待機していてください』

『今からですか?分かりました、一人向かわせます』


あのー、会話の筒抜けは止めてください。声に出して言うわけにもいかず、心の中でだけ反論した。明らかにもう終わりの時間だった所を、連れ戻しているようなそんな会話にしか聞こえなかった。

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