【完】そろり、そろり、恋、そろり

彼の気持ちと彼女の答え side:M

先日お礼をするって言ったことを口実に今日は拓斗君を家に呼んだ。私の仕事復帰の日程も店長と話をしてようやく決まったから、その報告も兼ねて。


今日こそと思い彼にお誘いの連絡をすると快諾してくれた。だから、張り切ってご飯を作って、彼の到着を待っていた。




――ピンポーン


静かな部屋のなか、1人そわそわとしていると、来訪者を告げる音が部屋に鳴り響いた。


待ち望んだ人がやっと来たとパタパタと玄関へと急いだ。うん、足も随分と調子がいい。痛みをほとんど感じなくなったことを、駆け足も出来るようになった事で気付いた。扉を開けると、緊張した面持ちで拓斗君が立っていて、少し可笑しくなった。


1人勝手に今日にしようと決めたけれど、本当に彼が来てくれるのかドキドキとして待っていて、ちゃんと彼が来てくれてホッとした。それなのに……


何をそんなに緊張しているんだろう。私も彼の緊張が移ってしまいそうな気がして、慌てて拓斗君を家の中へと招き入れた。


「お邪魔します」


拓斗君は丁寧な言葉で玄関を上がると、静かに私の後ろを付いてきてくれている。


この空間、この雰囲気にドキドキとしていたけれど、狭い部屋ではあっという間にリビングについてしまった。


「準備できいてるから、座ってて。すぐに用意するね」


「……ありがとうございます」


スッと自分で椅子を引き、そして拓斗君は席に着いた。その様子を見届けてから私はキッチンへと向かう。


そして、さきほど出来上がったばかりの料理を温め始めた。





拓斗君に何を食べさせようか、正直悩んだ。可愛くておしゃれなものにしようか、そういう考えも浮かんだけれど、やめた。何を作れば喜んでくれるんだろう。


買って食べる事も多いと言っていたことと、得意料理はパスタだと言ってパスタの材料だけはしっかり揃っていた彼の部屋を思い出した。


だったら、洋食系よりも和食の方がいいんじゃないかと思った。それなら調度いい。だって私自身が洋食よりも和食の方が作るのも、食べるのも好き。


よし和食にしよう、と決めた時、新じゃがと新玉ねぎ、そして筍が目に入った。どうせなら季節のものにしようと作ったのが、今目の前にある料理たち。


煮物と味噌汁と、小鉢が2つ。決しておしゃれではないけれど、品目的にも問題ないし味も我ながらうまくできた。


お仕事お疲れ様って意味も込めて、身体に優しいご飯にもなったと思うし、今日はこれが私の精一杯。

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