【完】そろり、そろり、恋、そろり
「ごちそうさまでした」


会計の後、外で私の分のお金を渡そうとしたけれど、彼は受け取ってくれなかった。好意に甘えてそっと財布をしまった。





買い物まで終わったからもう帰るのかなと思っていたけれど、ご飯まで食べて帰ろうということになった。一緒に行きたいお店があったんだと、実はお店も選んでくれていたらしい。


拓斗君が連れて来てくれたのは、おしゃれなカフェ。味も美味しくて、雰囲気も良くて、大満足。……のはずなのに、どこか浮かない気持ちになっていた。


このお店を素敵だなって思うけど、いかにも“女性”が好きそうな場所。どうしてこういうお店を知ってるんだろうとか、初めてじゃないのかなとか、誰と来たのかなとか、嫌な妄想ばかりが広がる。


そんな気持ちが伝わらないようにとひた隠しにした。こんな詮索するなんて、絶対に嫌な女だって分かっている。けれど、気になってしまう。


「良い雰囲気のお店だったね。拓斗君は……」


帰りの車の中、我慢出来なかった。運転中の彼に問いかけた。


「前に行ったことがあるの?」


……最低だ。言ってしまった後に後悔した。私に過去があるように、彼にだって過去がある。それなのに、過去を気にするなんて、自分勝手だな。聞いてしまった以上、覚悟して彼の答えを待つしかない。


「えっと……」


言い淀む拓斗君に、私の予感が当たったのかなと、心臓がぎゅっと締め付けられるような、切なさを感じた。


「聞いたんですよ」


「え……聞いた?」


「俺はああいったカフェ知りません。がっつり食える定食屋とかなら詳しいんですけど。だから、情けないですけど彼女がいる同僚に聞いたんです」


情けないですよね、もう一度小さくそう呟いて、苦笑を浮かべていた。


私は彼と真逆な反応を示した。隠す事ができなくて、にやにやと笑ってしまった。だって、嬉しいに決まってる。彼氏が自分と出かけるために、ちゃんとリサーチしてくれていたんだ。


「……ありがとう。今日は楽しかった」


素直に言葉が出た。心から思ったこと。
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