【完】そろり、そろり、恋、そろり
車内には静かで穏やかな空気が流れている。


彼の言葉に、もやもやとしていた気持ちは綺麗に無くなって、今は落ち着いている。静かな空間さえも楽しく感じる。


ただ、刻一刻と今日という日の終わりが近づいてきている。


もうすぐ2人の住まいへと着いてしまう。帰る場所が“ほぼ”一緒というのは、便利だけれど困る一面もある。私たちは未だに一緒に夜を過ごしたことがない。だってどんなに遅くなっても、それを口実に泊まらせてとか、そんな風に甘えることも出来ないし、もちろんその逆も出来ない。壁一枚の近すぎる距離が、2人の間に溝というか隙間を作ってしまう。


今日の夜は2人ともゆっくり出来るはず。だから、それぞれの家に帰るとしても、もう少しゆっくりと一緒に過ごしたい。そんな気持ちが生まれてくる。





「さっ、着きましたよ」


隣から急に降ってきた声に、ハッとした。考え事をしているうちに、アパートの駐車場に着いてしまっていたらしい。このままでは、本当にここでバイバイになってしまう。


それは嫌だ!と強く感じた。


すぐに言葉は出てこなくて、ただ黙って彼の後を追う。ゆっくりと階段を昇り、徐々にそれぞれの部屋が近づいてくる。足取りが重くなっていくのを感じた。


前を歩いていた拓斗君がピタリと足を止めた。……着いてしまったらしい。


「……着いちゃいましたね」


拓斗君が寂しそうに言うもんだから、思った事が口に出てしまっていたのかと、目を丸くして一瞬驚いてしまった。じっと彼を見つめて見るけれど、そういうわけではないらしい。






「もう少し一緒に居たいな」


彼のなんだか寂しそうな表情に感化されたのかもしれない。今度こそ、思った事をそのまま口にした。
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