だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版





ふっと息を吐く音だけが聴こえた。

どちらかというと、安堵のため息のように。


そして一歩、圭都から距離を取って離れる。




――――――バッチーンッッ!!――――――




あっと思った時には、圭都の頬に杉本さんの平手打ちが飛んでいた。

叩かれた圭都は小さく『うっ』と声をもらしたけれど、何も言わなかった。

杉本さんの顔は逆光で表情が見えないけれど、口元がとても優しく微笑んでいるように見えた。




「もういいわ。櫻井君なんて、こっちから願い下げよ」




ドアの外へ一歩踏み出して止まる。

振り返らないその背中が、とても凛としていた。




「都合のいい女は、もう、うんざりよ」




吐き捨てるように言って上を向く。

背中も何もかも、震えてなどいなかったけれど。

分かってしまった。

杉本さんが泣いている、と。




「山本さん」


「はい」


「・・・大切にしないと承知しないわ」


「・・・私の、精一杯で」




強がりだと知っているその言葉に、何かを返したくて仕方がなかった。

私の口から出てきた短い言葉。

その言葉を出すのが、やっとだった。


『大切にします』なんて、軽々しく言ってはいけない言葉だと知っていたので飲み込んだ。



消えそうな声で『そう』と一言漏らし、自己主張の強いヒールの音が離れていくのを聴いていた。

その背中がとても痛々しいことに胸が痛んだ。



暗い部屋で廊下の明かりに照らされた圭都が、そっと近付いてきた。

目を合わせることが出来なくて、私は窓の外を見つめた。



雪が降る。

夜が深まる音がする。




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