溶ける温度 - Rebirth -

———さきほどの。マスターに送ってもらい、部屋に招こうとしたときに起こった物語の顛末は、こうである。

いきなり顔を近づけられ、互いの唇の距離がゼロになったことを皮切りに。
間抜け面ゆえにあいてしまっていた唇の隙間を目ざとくこじ開け、何度か口内を侵食すると。
それに満足したのか、最後には私の唇をペロリと舐めあげた。

そして混乱する私をよそに、ぐいっと私の鼻を思い切りひとつまみ。
その衝撃で正気に戻った私はとっさに身体を後ろに引いて距離をとろうとしたところまではよかったが。
助手席のドアの窓ガラスに盛大に後頭部をぶつけ、ガコン!という鈍い音を車内に響かせたのである。

「いたぁ…」という地味な私の声でその一瞬の沈黙の気まずさは消え去って。
真さんの笑い声が車内に明るく響き渡った。


ひとしきり笑った後、真さんは運転席からスマートに下り助手席に回って私を車外へ連れ出すと、颯爽と再度車に乗り込み去っていった。
「ってなわけで、オオカミには気をつけろよな」とだけ、残しながら。

< 129 / 162 >

この作品をシェア

pagetop