黄昏時に恋をして
豪雨のあとの虹
 次の日も、いつものように病室へ向かった。
『……別れてください……』
 大夢くんの言葉が頭の中でこだまして、病室のドアの前で足が止まった。もう一度、ちゃんと話をしよう。そう思いながらも、怖くてノックすらできない。ドアを叩こうとする手が震えだす。堪えきれず、涙が溢れ出した。
「いつもありがとう」
 後ろから声をかけられ、ドキッとする。大夢くんの声? 指でそっと涙を拭いてから振り向くと、声の主は、調教助手の戸田温大。大夢くんの兄だった。温大さんの目を見ていると、優しい眼差しが大夢くんにそっくりで、堪えきれずに涙が溢れてしまった。

「先ほどは、すみませんでした」
 病院内の喫茶店で、温大さんとテーブルを挟んで座っていた。
「ううん。大夢から、何か言われた?」
「突然、理由も言わずに別れを告げられました」
 温大さんは、コーヒーカップに視線を落とした。
「ごめんね。アイツなりにいろいろ考えて、そう決めたんだろう」
『いろいろ考えた』
 大夢くんも、同じようなことを言っていた。
「私は、別れたくないんです。いろいろ考えて別れを選ぶって、どういうことなんでしょうか」
 私の問いかけに、温大さんが顔をあげた。
「オレが言うべきことじゃないと思うけれど。アイツ、脳挫傷が原因で視力が低下して。騎手を続けられなくなった」
 外傷はなかったけれど、大夢くんは、目と心に大きな傷を負っていた。それを私に打ち明けられなくて、ひとりでずっといろいろ考えていたのだ。本人じゃない私でもこんなにショックなことなのに、大夢くんは、それをひとりで抱えこんでいた。
「ありがとうございました。大夢くんに、会ってきます」
 私は、温大さんに頭を下げるとすぐに病室へと向かった。







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