黄昏時に恋をして
 大夢くんの思いがけないひと言に、ピストルで撃たれたかのような激しい衝撃をうけた。
「ど、どうして?」
 大夢くんは、相変わらず目を閉じたままだ。
「私のこと、嫌いになったの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、どうして?」
 ガタンと椅子から立ち上がった。それでも大夢くんは目を閉じたまま、返事はなかった。
「とりあえず、今日は帰るね」
 そう言って病室を飛び出した。大夢くん、どうして突然あんなことを。私を嫌いになったのならともかく、どうして? 俯きながら廊下を歩いていると、私の前で誰かが立ち止まった。
「おたかさん」
 顔をあげると、柳窪晴臣騎手がいた。寮に住んでいるので、食堂で見かけたことはあるけれど、話をしたことはほとんどなかった。
「こ、こんにちは」
「アイツのお見舞いだろ? 様子はどう?」
「意識は回復していて、話はできますが。あまり元気がないです……」
「そう」
 柳窪さんはそう言うと、病室には行かず、私の隣に並んだ。
「お見舞いに来たんじゃないんですか?」
「アイツの顔は見たくない。ただ、様子を聞きにきただけ」
 柳窪さんも父が元騎手で調教師。柳窪厩舎と戸田厩舎は近くにあるけれど、不仲なようで。柳窪さんは、大夢くんをよく思ってはいない。柳窪さんのお手馬が、大夢くんに乗り替わることになり、それが原因で暴力沙汰になったこともあった。
二歳年上の先輩に抵抗できず、殴られっぱなしのところを助けたのが熊谷さん。それ以来、大夢くんが熊谷さんを慕うようになったそうだ。これは、真奈美さんが教えてくれたことだけれど、そんな話を聞いていたからか、今回の件も単なる騎乗ミスではなく、わざとそう仕向けたのでは? と疑ってしまっていた。
 でも、顔は見たくないとか言いながら、わざわざ病院まで来てくれたのだから、今回の件は本当に騎乗ミスだったのかもしれない。口ではあんな風に言っているけれど、責任を感じているのかもしれない。柳窪さんの横顔がそれを物語っていた。




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