黄昏時に恋をして
 トレーニングセンター内に入るまでは、証明書やら何かと厳しかったのに。寮にはすんなり入ることができたし、面接もほぼなしで採用されたし、なんだかおかしな気持ちがした。申し込みをした時点で採用が決まっていたのかもしれない。なにわともあれ、無事に採用されて良かった。人間関係も悪くなさそうだ。
 それにしても、トレーニングセンター内は広い。夕方で、調教はやっていないのか静かだ。せっかく来たし、馬でも見に行こうかと思いついた。
ひたすら歩いて行くと、馬がいそうな建物をみつけた。小柄な女性が馬を触っているのが見えた。優しく、優しく撫でて、馬に顔を近づけて、まるで馬と会話しているかのようだ。ショートカットのサラサラヘアー。黄昏時に光る髪。馬の世話をしている人なのか。その後ろ姿をぼんやりと眺めていると、私の気配に気づいたのか、急に振り返った。
 目が合った。女性ではなく、大きな目が印象的な小柄の男性だった。
「わっ、私っ、怪しい者ではござりません」
 慌ててそう言った。ござりませんって。
「こんにちは」
 慌てる私を見て、男性はクスッと笑った。
「こっ、こんにちは」
「何か、ご用ですか?」
 男性は、柔らかな笑みを浮かべたまま、私にそう尋ねた。『ござりません』なんて口走っている時点で充分怪しい私にも、優しく接してくれた。
「馬を見てみたくて。私、明日から食堂で働く者で」
 しどろもどろしながらも、なんとか気持ちを伝えると、「どうぞ」と中へ案内してくれた。こんな年下の男の子相手に、何を緊張しているんだろう? と、自分でも不思議だった。
「でも、本当は許可なく見学できないんですよ」
 そう言いながら、馬の鼻面を撫でていた。それはそれは愛おしそうに。
「そうですか……すみません……」
 チラッと横顔を盗み見る。キラキラ光る大きな目は、汚れを知らない感じさえする。顔が小さいせいか、目がさらに際立った。馬を見に来たはずなのに、私は明らかに馬ではなく男性を見ていた。自分でも信じられないけれど、これがひと目惚れと言うものなんだと感じた。

 黄昏時、私の恋が走り出した。
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