黄昏時に恋をして
 それから一ヶ月が過ぎたけれど、ラーメンどころか、なかなか話す機会すらなかった。最近、重賞レースを勝ったり、関東のリーディング上位に入ったりして、騎乗回数が増えている戸田さん。新聞や雑誌の取材も増えていて、なんだか忙しそう。食堂で美味しそうにご飯を食べている姿を見るのが私の楽しみ。すっごく幸せそうな顔をするから、私まで幸せな気分になる。思わず頬が緩む。
「おはようございます」
 そんなある朝、少し眠そうな目をした戸田さんとばったり会った。今、あなたのことを考えていました。なんてタイムリー!
「おはようございます」
 挨拶を返すのが、精一杯。こんな調子だから、私から誘うこともできない。でも、挨拶できただけでも幸せ。
「あ、上尾さん」
 挨拶だけして行こうとした私を、戸田さんが呼び止めた。言葉も出ず、視線だけ戸田さんに向けた。
「次の月曜日、ラーメンを食べに行きませんか」
「え?」
 やっぱり、言葉が出ない。それに、戸田さんから誘ってくれるなんて。夢のような話だ。もしかして、まだ夢の中なのか。
「だって、約束をしていたじゃないですか。忙しくて、なかなかお誘いできずにすみません」
 私は、確信した。これは、夢。だから、思い切って話をしても平気だ。
「覚えてくれていたんですね。嬉しいです。ありがとうございます」
 素直に私の気持ちを伝えると、戸田さんは笑顔を見せて歩いていった。なんて素敵な夢なんだろう。夢ならもう少しだけ覚めないでいてほしいと願った。
 
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