苦恋症候群
たしかに私は、屋上で一緒に他愛もない話をしたりして……彼の『息抜き仲間』と呼べる存在、なのかもしれないけど。

だけど、でも、だからといって──。


視線を手元に落とし、私は小さく首を振る。



「ち、がうよ。たしかに仕事中、偶然休憩場所が重なったりもしたけど……でも、それだけ。三木くんの気が晴れるようなことなんて……三木くんの、ためになるようなことなんて。私は、何もしてない」

「それは、」

「……私、三木くんに嫌われてるの。『嫌い』って、前に言われてるの」



葉月さんが、驚いたように目を見開いた。

私はつい、苦笑を浮かべる。



「あはは。もう、情けない話しちゃってごめんね。でも、ほんとのことなの」

「……森下さん」

「自分のこと嫌ってるって知ってる相手をわざわざすきになるなんて、我ながら馬鹿だよねぇ。だから私は、何も──」



そこでようやく顔を上げると、テーブルの向こうの葉月さんが予想外に難しい表情をしていたから思わず口をつぐんだ。

その表情のまま、彼女がつぶやく。



「三木さんが、そう言ったんですか?」

「え、うん」

「……信じられません」



口元に手をあて、何か考えるようにしながらひとりごとみたいに葉月さんが言う。


“信じる”も何も、私はたしかに言われたのだ。『いやだ、嫌い』って。

あのときのことを思い出し、うつむいたまま、また自分の手をぎゅっと握りしめる。

すると葉月さんが、少しだけこちらに身を乗り出してきた。
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