苦恋症候群
「なあ雪妃ー、数学教えて」

「うん、いいよ~」



夕飯後の団らん中。リビングでテレビを観ていた雪妃のところに、教科書とノートを持って行く。

その会話をソファーで聞いていた父さんが、もたれていた背中を起こしながらちょっとだけこわい顔をした。



「こら、遥。呼び捨てじゃなくて、『雪妃お姉ちゃん』だろ」

「ええ~今さら変えられねーよ」



明らかに面倒くさそうな表情をする俺に、テーブルの隣に座る雪妃があははと笑う。



「いいんだよ、お父さん。あたしは、遥の“お姉ちゃん”っていうより……“友達”みたいに、なりたいから」



そう言ってにっこり微笑んだ雪妃から父さんに視線を移して、『どーだ』と言わんばかりにピースをしてみせた。

それを見た父さんはため息をつきながらも、「雪妃がそう言うなら」としぶしぶ納得したようだ。

すると父さんの隣に座っていた母さんが、いつものようにのんびりと口を開いた。



「あら、なら私も、遥くんに『千香子』って呼んでもらいたいわあ。お友達になりたいもの」

「うん、千香子ちゃん」

「こら遥!! 千香子さんは俺のだから駄目だ!!」

「あはははっ」



彼女が高校1年生だった頃。俺の“姉”ではなく、“友達”になりたいんだと言った雪妃。

思えばこのときから、歯車は狂い始めていたのかもしれない。
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