苦恋症候群
運転席側にまわって、小さく窓をノックする。

気づいた彼が、パワーウィンドを開けた。



「いろいろごめんね三木くん。ありがとう」



今度はちゃんと笑顔で、私はまた、彼にお礼を言った。

一瞬だけきょとんとした三木くんが、だけど小さく笑みを浮かべてうなずく。



「それじゃあ、また」

「うん。また」



明後日、社内で出くわすかどうかはわからないけど、私たちはそう言葉を交わした。

彼に背を向ける直前、思い立って、また三木くんの名前を呼ぶ。



「なんですか?」

「あのね、三木くん昨日、自分にはしあわせになる資格ないって、言ってたけど」

「……ああ」

「けど、私はそんなこと、ないと思う。誰にだって平等に、しあわせになる権利は、あると思うよ」



運転席の彼は、ただじっと、こちらを見つめている。

バッグを肩にかけ直して、私は笑ってみせた。



「しあわせになりたいって、思うのはさ。生きてる人間はみんな、自然と心の中に芽生える感情だと思うもん」



一瞬、何か言いたげに思えたけど、結局三木くんはひとつうなずいただけで、私の言葉に何も返さなかった。

小さく嘆息し、私はひらひらと片手を振る。
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