まだあなたが好きみたい

ちょっと借りるねーと心で断って、睦美は辞書を引っこ抜く――抜こうとして、カバンの隅に横たわる、影より濃い何かを見つけた。


(なにこれ)


持ち上げて、睦美は一瞬頭が真っ白になった。

なんだ、この猫。

目が合った。

ぞっとして、き、と頭の中で音が途切れる。


気色悪……。


(これ、窪川のエナメルだよね)


思わず名前を確認した。

間違いない。

ならこの鍵とマスコットが間違い? 

いや、そんなことはないだろう。

部活の鍵でもない。部室の鍵の保管はすべて、部長かそれに近しい人たちが任されていると聞いている。

他に彼が鍵を任されそうな役割も……ない、はず。

じゃあやっぱりこれは窪川の……まあ、家の合鍵だろう。

ほかに所有しているだろう鍵の種類も思い当たらない。

あるいは誰かが故意に仕組んだとか? 

たとえば窪川に個人的な恨みのある誰かがいて、こっそり盗んだ女子部の部室の鍵を使ってやつの仕業に見せかけようと……いやいや、まさか……睦美はかぶりを振って打ち消した。

そんなことをしたら窪川本人にどんな目に合わされるか知れず、たとえくだらないと彼が取り合わないことがあっても、代わりに彼を特別視している教師たちからどんな執拗な詮索をされるかわからない。

< 279 / 432 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop