まだあなたが好きみたい

「待ってて」

「そんなに待てないかもよ」


どこまでもバカだ、と思う。

有正の言葉に、女はいたずらっぽく笑って洗面所へと姿を消した。

それを見届けるなり、有正は脱いだばかりの外套に腕を通し、マフラーを掴む。

カバンを反対の手に持つと、そっと寝室を抜け出して洗面所のドアに近づいた。

かすかな衣擦れの音が聞こえるのを確かめれば、彼女はまだやつの存在に気づいてはいない様子だ。

有正は手のひらをぐっと拳に握った。

……ここへ来て、いたずらにその先に起こるであろうことを思い出してしまった有正は、自分でもおどろくほど動揺していることに気づき、くそ、と自らを叱咤する。

鼓動が早鐘のごとく脈を打つ。

目眩がして、気分が悪い。

今にも均衡の破られるカウントダウンが聞こえてくるようだった。


(……振り返らない。これでいいって、決めたんだ)


だが有正は己に言い聞かせた。

ぼくだって、菜々ちゃんの役に立てるんだから。


菜々ちゃんの幸せを、守れるんだから。

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