氷の卵
「僕が素直だとしたら、」

「え?」

「いえ。何でもないです。……あ、そこです。お願いできますか?」

「はい。分かりました。」


もやもやとした気持ちのまま、見上げた先には、一軒の家があった。

彼がこの家の住人に、どんな気持ちを持っているのか。

そしてこの家の住人が、どんな気持ちで花束を待っているのか気になった。


インターホンを押すと、綺麗な女性の声が聞こえた。
私の胸はなぜか、ちくりと痛んだ。


「フラワーショップ若月です。」

「はい!少々お待ちください。」


その声音から、喜びが伝わってきた。
彼の言う通り、彼女は花束を心待ちにしていたらしい。

間髪入れず、玄関のドアが開いて、飛び出すように彼女が出てきた。


「よかった!届いたんですね!」


とっても美しい人だった。

小さくて細くて、それでいて天真爛漫な目を輝かせていて。
同性の私も、思わず心を奪われてしまうような、彼女にはそんな魅力があった。


「遅くなってしまって、申し訳ございません。」

「いいえ!とってもきれい。ありがとう。」


その通る声に、ブロック塀の向こうで耳を澄ませている人がいる。

それを思うと、何故だか泣きたいような気持になった。

深く一礼して、その場を去る。

振り返ると、とてもとても幸せそうな表情で、彼女がドアを閉めるところだった。


「ありがとう。」


暗闇の中から聞こえた高梨さんの声が、少しさっきまでと違うことに気付いた。

震えているんだ。


「じゃあ、これで。」


帰りも送ると言った彼を押しきるようにして、私は一人で帰った。

もう二度と、彼には会うこともないだろう。

そう思えば思うほど、彼の後姿を追いかけたくなってしまう私が、そこにいた。


でも、私は読んでしまったのだ。

彼が彼女に向けて書いたメッセージを。

短いけれど愛情のこもった、そのメッセージを。








香織へ

お誕生日おめでとう。
一年は早いね。
君はどうしているかな。
幸せになってくれていたらいいんだ。

でも僕は、いつまでも忘れないよ。
この手で君を幸せにしたかったことを。
君を愛していたことを。

忘れないよ。

11回目のさようなら。
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