氷の卵
「紫色だね。綺麗……。」

「マローブルーというハーブを入れた紅茶です。これは花の色。」

「へえ!ほんとにきれいだ……」


蒸らした後の紅茶は、茶こしを使ってティーポットに移す。
そしてそっと、ティーカップに注ぐ。

レモンを添えて、啓に差し出した。


「これ、一口飲んだらレモンを垂らしてみてください。面白いことが起きますよ。」

「え?なんだろう。」


啓は言われた通りにカップに口をつけた。


「いい香りだね……。」


私も自分の分を淹れて、啓の向かいに座る。
なんだか不思議な気分だった。


「じゃあ、垂らすよ。」

「はい!」

「わっ!!」


啓が目を見張る。
この反応が欲しかったんだ。


「ピンク色になった!」

「はい。ほら昔、理科の実験で、紫キャベツとか使いませんでした?酸、塩基で試薬の色が変化する実験。」

「そういえば。やったことある。」

「それがこれと同じ原理なんです。」

「ああ!マローブルーの紫色は、紫キャベツとおんなじ、アントシアンなんだね?」

「さすが高梨さん!」

「いや、でも相原さんは、色々知ってるね。」

「いえいえ、前のオーナーの受け売りです。」


色が変わった紅茶をしげしげと見つめながら、啓が再びカップに口をつける。
その姿を見ているだけで、満ち足りた気分になっている私がいた。


「早起きして良かった。」

「ほんと?」

「あれ、相原さんやっと敬語崩してくれた。」

「え?」


自分でも気づかないうちに、自然に崩してしまった。


「すみません、お客さんなのに……。」

「僕は嬉しかったんだけど。」

「そう、ですか?」


なんだか頭の中がぐるぐるして整理がつかない。


「じゃあ、敬語じゃなくていいんですか?」

「いいよ。」


うっすらと微笑んで私を見つめる啓の本心が知りたかった。


「よろしくね、雛!」

「あ、よろしく!……啓。」


太陽のように笑う啓が、私を見下ろしていて。
私はきゅんとなって。


「あ、もう時間だ。行かなきゃ。ありがとう、こんなに楽しい朝を一緒に過ごしてくれて。」


そう言って手を振りながら店を出ていく啓に、小さく手を振り返すことくらいしかできなかった。


フラワーショップ若月で働くようになってから、止まっていた私の時間はゆったりと流れ始めた。

でも今、その緩やかな流れに逆行するように、激しく時間が過ぎていく気がする。

何もかも、置き去りにするように―――
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