氷の卵
啓は次の日、前の日より30分ほど早く店の前を通った。


「相原さん、いる?」


わざわざ店の奥にいた私を呼ぶ。
私は驚いて、慌てて店を出た。


「はーい!」

「あれ?なんだか相原さん、今日は嬉しそうだね。」

「そうですか?」

「仕事の邪魔しちゃいけないから、邪魔だったら邪魔って言って。」

「いいえ。今は早朝だからまだお客さん来ないし、片付けならもう済ませたから暇ですよ。」

「そう?」

「じゃあ、」


二人で同時に同じことを言ってしまった。
思わず顔を見合わせて笑う。


「じゃあ?」

「じゃあ、この時間はいつも紅茶を飲むから、高梨さんもどうかなあ、と思って。」

「いいの?」


私はうなずいて、いつもの奥のテーブルに啓を案内した。

今までみどりさんと私以外の人が、そこにいたことはない。
だから、私はまるで、子どもが秘密基地に案内するみたいにわくわくしながら、そっと啓を手招きしたのだ。

その気持ちを知ってか知らずか、啓はどことなく嬉しそうにテーブルに着いた。

まっしろなテーブルクロスに、啓の紺のスーツ。

そして窓から差し込む、早朝の柔らかい光。


それはまるで、夢みたいに美しくて、いつまでも見ていたかった。



私はみどりさんに教わった淹れ方で紅茶を淹れる。

抽出用のガラスのポットはまず熱湯を注いであっためておく。
そしてそのお湯を捨てた後、茶葉を入れて、熱湯を注ぐ。
そして蒸らしておく。

茶葉の種類によって、茶葉の分量も蒸らす時間も違う。
私はみどりさんのおかげで、こんなことも覚えている。



熱湯をガラスのポットに注いだとき、啓が息をのんで見つめていた。

私が一番最初に見せた反応と同じ。

私は思わず吹き出しそうになる。


「すごい……。」


蒸らしている間、ポットの中を茶葉が上下に回転する。

これはジャンピングというらしい。

この現象は紅茶の風味を引き出すために重要である。

そうしてだんだん茶葉の色がお湯に溶けだしていく様子は、見ていてとても楽しい。


啓もそんな様子を、面白そうに眺めていた。
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