氷の卵
啓は朝早く、私のところに来ることはなくなった。

たまに、私がお見舞いから帰るときに啓に出くわすことはある。
その度に、啓は私が活けた花を褒めて、お礼を言ってくれるのだけれど。

でも啓の瞳に、私などもはや映っていないのはよく分かっていた。
それに、私もそれでよかった。
今は、香織さんを救えるのは啓しかいないと知っているから。


病院で会う啓は、いつもしょんぼりしていた。

キラキラしている啓は、もはやどこにもいなかった。


いつも焦って走っていて。
どこか落ち着かない瞳は、空中に定まらず。
病室では、香織さんにぎこちない笑顔を向ける。


彼がこんなにも不器用な人だとは、初めて知った。
そして、こんなふうに動揺するところも。


それだけ啓にとって、香織さんが大事な存在だから。

誰にも代えがたい、そんな存在だから。


啓とすれ違うと、私はいつも振り返ってその背中を見つめる。

絶対に振り返ることのない背中が、悲しかった。



啓の心の中には、いつでも香織さん一人がいて。

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