桜の木の下で-約束編ー



境内の桜の神木の前。





朝と同じように、
鞄を置いて、
幹にゆっくりと手を添える。




『ただいま。
 今日も一日有難う』



誰も居ない神社で一人
桜の木に寄り添う。


幹に手を触れ目を閉じて
桜の木に意識を集中していく。


暖かな気がゆっくりと
体内に流れ込んできて
満ちていくのがわかる。



母に捨てられた私を
この桜の木はお祖父ちゃんと
一緒に見守ってくれたから。


桜の木は、
母にも似た存在で。


いつものスキンシップを終えた私が、
ゆっくりと目を開いたとき私の視界には、
辺り一面に桜吹雪が舞う
満開の桜の木が広がる。





えっ?

どうして?




なんで今、咲くの?



もうすぐ六月で、
梅雨に入るんだってば。


今年の桜はもう終わったはずなのに……
今更、狂い咲きなんて……
今朝は葉桜だったのに。



びっくりして瞼を閉じ、
もう一度ゆっくりと開く。


目前に広がりゆく
景色は変わらない。



私は右手で自分の頬を抓りながら、
その痛みを感じ取りつつ
ふと……視線を桜の木に移した。


桜の木の枝の上の方に
鏡の中で出会ったような気がする
あの少年が、遠くを見つめてた。

プラチナの髪がたゆとう
寂しげな表情の少年。


「貴方は誰?」



思わず私は尋ねてしまう。



朱金の瞳の少年は、
驚いた眼差しを見せて
視線を私の方へ向ける。



「君はボクが見えるの?」


少年は小さく呟いた。



私は小さく頷く。
< 13 / 299 >

この作品をシェア

pagetop