桜の木の下で-約束編ー





今も瞼の裏側に
目を伏せるたびに蘇る記憶。






満開の桜が舞い踊る
……鬼の世界。





『和鬼。

 私は貴方のもとへは参れません』




漆黒の長い髪を
たなびかせた鬼が
ボクにゆっくりと告げる。



名を咲鬼(しょうき)と言う。





ボクは彼女と、
この長い気が遠くなるような年月を
歩んでいこうと思っていたのに
その夢は叶わなかった。




ボクに、
それを告げた次の日
咲鬼は真っ白い着物に
袖を通して鏡の中へと消えていった。



その日から鏡越しに
ボクは彼女と触れ合う。



彼女のために鬼の歌を歌い続け、
彼女と共にその体を鏡越しに重ね合わせた。





彼女が鏡の向こうの世界へと
旅立つその日まで。





『……和鬼……
 私たちは再び出逢うわ。
 
 だから愛しい人
  ……私を見つけて……。

 ……愛しい人……』






……咲鬼……。

どうして
……この夢を……。





クラリと傾いだ頭に、
力を入れてゆっくりと瞳を開ける。





「……つかまえた……」



ボクの上半身に手を伸ばして
抱きつき、その指先でボクの頬を辿りながら
咲は柔らかな瞳で見つめる。







つ・か・ま・え・た







咲の紡いだ言葉が、
言魂となってボクの中に
深く刻みこまれる。









「ボクが怖くないの」






ボクは逆らえない波動の元、
ゆっくりと言葉を紡ぎだす。




「怖い?どうして?

 私は貴方に惹かれてきたんだよ。

 貴方に逢いたくて。
 その声に……導かれて……」
 
 


咲はにっこりとボクに微笑んだ。





その笑顔に再びボクが魅了された。






……鬼のボクが……。
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