私たち、政略結婚しています。

迷路のように仕切りが連なる薄暗い居酒屋の通路を、すれ違う店員をよけながら歩く。

佐奈、どこにいる?
もう店の中にはいないかもしれない。

そう思った、その瞬間。

トイレの前で立ちすくむ人影が目に入り、足を止めた。


「もう、泣かないで。分かったから。…辛かったね」

話し声が聞こえて、男の背で隠れているがその向かい側に誰かがいることが分かった。

「ね…浅尾さん。もし伊藤さんの顔を見たくないんだったら本当にこのままどこかへ行きますか?俺、付き合うよ」


会話の中に佐奈と俺の名前が出て俺の胸はドクンと揺れた。
顔を…見たくないだと…?


「もう…辛いの。克哉と…一緒にいたくない。…秋本くんと、どこかへ行きたい。全部、忘れたいの」


俺は黙ったまま二人を見て固まった。

はっきりと耳に届いた、拒絶の言葉に、なす術もない。






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