負け犬も歩けば愛をつかむ。
「パーティーの準備に追われてて、いつもの事務仕事に取り掛かるのが遅れてこんな時間になっただけなんです。風邪と停電のせいもあってめげそうになっちゃって。いい歳してそんなことで泣くなんて、みっともないですね」

「……本当にそれだけ?」

「はい。ご心配おかけして、本当にすみません」



頭を下げたまま目線を上げられないでいると、突然彼が立ち上がる。



「なら早く帰ろう。送っていくから」

「えっ……!?」

「普段の仕事なら必ず今日やらなきゃいけないわけじゃないだろ? わざわざ体調が悪い時にやる必要はない」



そうなんだけど、私はどうしても今日終わらせてしまいたいのよ……!

スラックスのポケットから車の鍵を取り出す椎名さんに、慌てて声を掛ける。



「でも、もうすぐ終わりそうなんです! だから、あとちょっとだけ──」

「千鶴!」



しんとした部屋にピシッと音を立てるような声が響き渡り、私は肩をすくめて押し黙る。

名前を呼ばれても、そこにはいつもの甘さなどまったくない。



「仕事終わりに偶然ここを通り掛かったら、電気がついてることに気付いて来たけど、俺が来なかったらどうなってた?
もっと具合が酷くなって、明日のパーティーどころじゃなくなってたかもしれない。そうなったら皆に迷惑が掛かることくらい、君もわかってるだろ」



静かだけれど厳しさのある物言い。彼のこんなに険しい表情も初めて見る。

椎名さんを怒らせてしまった……。

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