負け犬も歩けば愛をつかむ。
「……椎名さんからだ」



仕事のために交換した番号だけれど、初めて有用となったのがプライベートとは。

早く出ろと周りに急かされ、早鐘を打ち始める胸を抑えつつスマホを耳にあてた。



「はい、春井です」

『椎名です、お疲れ様。もう皆揃ってる?』

「えぇ、皆いますよ」



耳にダイレクトに伝わる声にだらしなく口元を緩めると、楽しげに観察する三人が目に映って、私はくるりと背を向けた。



「どうかしました?」

『俺も着いたんだけど、ちょっと今おばさんに道聞かれちゃっ──』

『こら色男! 誰がおばさんだい、誰が!』

『……“お姉サマ”に道聞かれちゃって、案内してから行くから先に行っててくれる?』



椎名さんの声に混じってノイズのようなダミ声が聞こえ、私は吹き出しそうになりながら「わ、かりました」と答えた。

短い通話を終えて事情を話すと、案の定三人は大爆笑。

けれどそこで、椎名さんは今日のレストランの場所がいまいちわからないと言っていたことを思い出した。



「私と椎名さんが場所わからないから、ここで待ち合わせることにしたのにね。先に行ったんじゃ困るでしょうに」



私と同じく、いつもよりもしっかりと化粧をしている園枝さんが、頬に手をあてて言う。

やばい、今のおばさ……お姉サマに気を取られて、そのことをすっかり忘れてた。

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