負け犬も歩けば愛をつかむ。
椎名さんから住所を聞いてポータブルナビに入力し、それが示す道順で車を走らせる。

私のアパートから車なら十分ほどの距離でその近さに驚いたけれど、あの日コンビニで会ったのはお互い近所だからなのだと納得した。


二人きりの空間にいるという緊張感に包まれたまま、隣の椎名さんをチラリと見て口を開く。



「気持ち悪かったりしません?」

「んー、大丈夫」



ゆったりとした口調で言う彼は、あくびをする口に手をあてながらスマホで時間を確認する。



「十時か……。結局世話になっちゃったし、家でお茶でも飲んでく?」

「えっ?」

「……と言いたいとこだけど、君に手を出さない保証はないし、また今度改めてお礼するな」



ふにゃりと笑う椎名さんはいつもと違って可愛らしくもあるけれど、今の発言は少々ドキッとしてしまう。

“手を出さない保証はない”って、そんな水野くんみたいなことを……。



「椎名さんはそんなことする人じゃないでしょう」



酔ってるとこんなこと言うんだなぁなんて思いながら、赤信号で停まっている前の車のテールランプを眺めて軽く笑い飛ばす。けれど。



「油断するなよ。俺だっていつ狼になるかわからないから」



今までの眠たげな声とは違うセクシーさを感じる低音が、お気楽に流れるBGMを掻き消してはっきりと耳に届いた。

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