負け犬も歩けば愛をつかむ。
「……あ、あの、私全然気にしてませんから! 椎名さん酔ってるんだし、早く帰って寝た方がいいですよ! 今日は来てくれてありがとうございました」



無駄に明るい調子でまくし立て、勝手に話を終わらせる私。

何でもないことのように笑ってみせるけれど、なんだかそれが逆に虚しく感じて俯いた。


そんな私を、申し訳なさそうな、神妙な表情で見る椎名さんは、「ごめん」と小さく呟くとドアを開ける。

車を降りた彼はさほどふらついていなくて、部屋まで送る必要はなさそうだ。



「本当にありがとう、助かったよ」

「いえ! ……じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ。帰り気をつけて」



いつものように微笑む彼を直視出来ず、曖昧に笑みを返すと車を発進させる。

本当は彼が部屋に入るまで見届けたかったけれど、逆に私が見送られることになってしまった。


寂しさが漂う一人の帰り道、不整脈のように乱れたままの心臓が煩わしい。

もう三十過ぎたいい大人なのに、あれくらいのことで動揺したりするから水野くん達にからかわれるんだ。


……でも、いくら“あれくらいのこと”でも、どうでもいい人にはしないよね?

だって、あのままキスしてたかもしれないわけだし。

椎名さんの中では一応、私は“女”として認識されてるってことなのかな。



「……そう思っておこう、うん!」



美味しいモノをおあずけされた犬のような気分の私は、何故か前向きになるというおかしなテンションでハンドルを握りしめるのだった。




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