負け犬も歩けば愛をつかむ。
──急激に心拍数が上がる。

心臓がギュッと縮んだみたいで、苦しくて息も出来ない。

し、椎名さんっ、一体どうしちゃったのー!?



まさか本当に狼に……!?と頭はパニック状態。

でも身体は石のように固まったまま、彼の顔が近付くのを待ち構える。

そして、思い切って目を閉じた──その時。


後部座席に置いてあった私のバッグの中から、スマホのバイブとメールの着信音が鳴り響く。

ピクンと肩が跳ね、それに反応したように私を固定していた彼の手が離された。


急に訪れた解放感に、いくらか緊張も解れて目を開くと、もうそこに椎名さんの姿はなく。

再び助手席にドサッともたれた彼は、深く息を吐き出して片手を額にあてる。



「悪い……何やってんだ俺は」

「ぁ、い、いえ……」

「部下に本当に手を出そうとするなんて、上司失格だな」



──部下、上司。

すっかり忘れていた私達の関係が、無情にも浮き彫りにさせられる。


そうよね……椎名さんにとったら私はただの部下に過ぎないもの。

今も、酔っているからきっと魔がさしただけ。特別な感情があってしたことじゃない。

それなのに一人でドキドキしちゃって、私って本当におめでたいヤツ……。

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