負け犬も歩けば愛をつかむ。
ファイルをデスクの上にまとめながら、彼女もそろそろ安定期に入ったのかなとぼんやり考えていると。

その前チーフが私との引き継ぎの時に言っていたことを、ふと思い出す。


『天羽専務は表向きはすごく紳士だけど、腹の中じゃどう思ってるかわからないから、気をつけた方がいいわよ』


そういえば、こんなことを言ってたな……。

雑談のうちの一つのようなもので、強く忠告されたわけではないから今まですっかり忘れていた。


私には、あの専務がそんな腹黒そうな人には見えないけれど、彼女は何か感じる部分があったんだろうか。

それとも、“彼が紳士だからって気を抜くな”というただの注意?



「……たぶん後者だよね」



情報通の園枝さんだって、専務の悪い噂を聞いたことはなさそうだしね。

勝手にそう決め込むと、私はたいして気にもせず事務作業を続ける。

するとドアがノックされ、水野くんがひょこっと顔を覗かせた。



「ねぇちづ、明日使う乾燥ひじきが見当たらないんだけど」

「あぁ、あんまり使わないから倉庫の奥に入ってるよ」

「ふーん、あっちか。ひじきの白和え、マジめんどー」



ぶつくさ言いながら去っていく水野くんにクスッと笑いが漏れる。

なんだかんだ彼も他の二人もちゃんと仕事してくれるし、きっと問題なくこれからもやっていけるのだろうと、私は安心しきっていた。


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