負け犬も歩けば愛をつかむ。

翌日、十一時半に椎名さんはやって来た。

「お疲れ様」と厨房に顔を出した彼を見た瞬間、やっと薄れてきていたあの夜の記憶が蘇ってドキリとする。



「椎名さん、お久しぶりね」

「なかなか顔出せなくてすみません」



嬉しそうに目を細める園枝さんに、椎名さんも笑みを返す。

そして、彼の方へ歩み寄る私に、見慣れた白い箱を差し出した。

それに印刷されているお店のロゴは、このあたりでは有名な洋菓子店のものだ。



「忙しい時間に来て悪いね、午後急に会議が入っちゃって。お詫びと言っちゃなんだけど、これ皆で食べて」

「ル・リアンのケーキ!?」

「わぁ嬉しい! 皆大好きなんですよね~」



私と真琴ちゃんが上げる黄色い声に、椎名さんは「それはよかった」と顔を綻ばせた。



「この間の歓迎会でもお世話になったからね」



“歓迎会”と言われたと同時に箱を受け渡す手と手が触れ、また心臓が軽く跳ねる。

何事もなかったように話そうと思ってたのに、やっぱり意識してしまう……!

くるりと背を向け、そそくさと冷蔵庫にケーキをしまっていると。



「マネ、ちづに用があるんでしょ? 行ってくれば?」



綺麗な焼き目がついた魚が並ぶバットをオーブンから取り出しながら、水野くんが声を掛けてくれた。

あと三十分でランチが始まるけれど、ほぼ準備は整っているし、少しくらいなら皆に任せても大丈夫かな。

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