雪恋ふ花 -Snow Drop-
夜、宿のこたつに足を入れて温まりながら、春人がぽつりと言った。
「パラレル、滑れるようになって良かったね」
それは心底、喜んでくれている言い方だった。
「うん」
珠はさみしさを押し殺して、精一杯元気に返事をする。
しばらく沈黙が続き、春人がとつとつと語り始めた。
「他人事と思えなかったんだ。置き去りにされてるのを見て」
「えっ?」
「俺も置いてかれたことあるから、このスキー場で」
「ええっ、どういうこと? だって、春さん、スキー上手じゃない」
「これでも、必死で練習したんだよ」
大学時代、春人は友達グループとスキーに来て、ほとんど滑れず、全くついて行くことができなかった。
そんな足手まといの春人を残して、みんなはさっさと行ってしまい、やっとの思いで一人で下までたどり着いたのだ。
転んで起き上がれなくなった時に助けてくれた、通りすがりの見知らぬスキーヤーへの感謝の気持ちは今も忘れない。
だから、自分もできる限り、困っている人がいたら助けようと思ってきた。
「でも、春さん、ここが好きだって」
「うん。1人でずっと通って、スクール入って、技術を磨いた。そのうちに、嫌な思い出が楽しい思い出に変わっていったんだ。おいしいお店もいっぱい見つけたしね。何より、景色が最高だし」
「だから、”嫌いになってほしくない”だったんだ。初めて会った日」
「そう」
何か考えているようだった春人はさらに話を続けた。
「珠ちゃんは、外見とか、格好とか、あんまり気にしないんだね」
「もちょっとオシャレしたらって、姫花にはよく言われるけど」
「いや、そうじゃなくて。こんなダサダサのジャージ姿見ても、なんにも言わないから」
「えっ?」
そう言われて、珠が春人の格好をあらためてしげしげと見た。
かなり年季の入った、メーカー品とかではないジャージだったが、着やすいのだろうと何も考えていなかった。
「それに、こんな眼鏡かけてても、何にも言わないし」
春人は往路から、黒ぶちのちょっと古めかしい眼鏡をかけていた。
「家では眼鏡って人多いし、長距離運転する時は、目が疲れるからなのかなって」
珠は春人の話が見えず、次の言葉を待った。
「もともと、髪はぼさぼさ伸び放題で、こんな眼鏡にさえない服装だったんだ」
「ええっ、だって、春さん、すっごいオシャレじゃない?」
「それも、元カノの影響」
「へえ」
元カノという言葉が突然出てきて、珠はドキッとする。