風の放浪者
「ひい!!」
刹那、竪琴の音色が響き渡る。
その音色に反応するかのように修道女はか細い悲鳴を上げ、耳を塞ぐ。
何ともわかり易い反応に、自分を訪ねてきた人物の正体が判明する。
やはり、相手はエリックだ。
「貴女は、此処にいても構いません。私が一人で行きますので。その方が、安全でしょうから」
「で、ですが……」
「大丈夫です。ちょっと……というより結構変わっている方ですが、あの人は一応無害です」
笑みを漏らすと共に、エリザは歩みを進める。
一瞬、修道女はエリザを呼び止めようとしたが、エリックの恐ろしさに身体が震えだす。
そして、呼び止めようと伸ばした手を見詰め固まっていた。
◇◆◇◆◇◆
エリザが建物の外に出ると同時に、空から黒い物体が落下する。
それも、ひとつふたつ――何事だと思い視線を下に向けると、数羽の鳥が痙攣している。
それは鳥だけではなく、他の生き物達も同じ症状を見せていた。
中には泡を吹き、気絶している生き物。
そのおぞましい光景にエリザは顔を歪ませ、改めてエリックの歌声の凄さを知る。
また、これ以上は危険と判断したエリザはエリックのもとへ急ぐ。
「エリックさん」
「おお! 聖女様」
久し振りの再開であったが、いつもの軽い口調でエリックが話し掛けてくる。
そしてそれに続くように態とらしく頭を下げ、知らない者がそれを見たら“嫌らしい”と表現するだろうが、エリザは決してそのように思わない。
それは、エリックの性格を知っていたからだ。
「そう、呼ばないで下さい」
「御免御免。いやー、元気そうで良かった。苦労していると思っていたが、顔を見て安心したよ」
「エリックさんもお元気のようで」
「はははは。今日も最高だよ」
彼からの説明がなくとも、エリザは十分理解している。
生き物達を痙攣させるほどの歌を歌うのだから絶好調といいようがないが、反面被害が拡大してしまう。
現に、多くの生き物が彼の歌声によって生死の狭間を彷徨っているのだから。
結果、エリックに向けられる視線が冷たい。