小咄
「そんなの、何とかなるでしょ。羽月にでも泊めて貰えば?」

 つん、と深成に言う。
 意地でもゆいは車から降りない。
 あまりの身勝手さに、若干雰囲気が悪くなったことに気付いた深成が、取り繕うように真砂を見た。

「あ、じゃ、じゃあ、うん。わらわ、あっちに乗るね」

「ちょっと深成ちゃん。深成ちゃんが、そんな気遣うことないよ」

 あきが引き留めるが、深成は、こそっと真砂を示して、ぶんぶんと首を振った。
 これ以上真砂の機嫌を損ねないほうがいい。
 ただでさえ、とろとろするのを嫌うのだ。

 妙なことで、長々揉めていては、キレるかもしれない。
 キレられても仕方ない所業と言えばそうなのだが、真砂が本気でキレるとシャレにならないほど怖いのだ。

---た、確かにそろそろ何とかしないとヤバいけど。でもきっと、課長の怒りは深成ちゃんを奪われたことも大きいのよ。どうするのよ、車の中の空気を考えると恐ろしいわ---

 ちら、とあきも真砂を見て思ったが、ゆいが降りないのならどうしようもない。

「じゃあね、課長。気を付けてね」

「おい……」

 真砂が引き留める前に、深成は、てててーっと清五郎のほうに走って行った。

「……ほんっと、ゆいちゃんの図々しさには呆れる……」

 思わずあきが、ため息と共に口に出した。
 しばらく深成を眺めていた真砂だったが、無事深成が清五郎の車に乗るのを見届けると、仏頂面のまま運転席に乗る。

「あきぃ。あたし、後ろに行くぅ~」

 邪魔者が去ったことで安心したゆいが、ぱっとドアを開けてあきを押しのけ、後部座席に移った。
 このときに他の二人が乗っていたら、真砂はゆいを置いて車を出したかもしれないが、幸いあきは、乗り込もうとしていたところで、まだ外だった。

「いい加減にしてよ! 何でそこまで勝手な振る舞いが出来るの!」

 押しのけられて転びそうになったあきが、我慢出来なくなったように叫んだ。
 捨吉が、驚いた顔であきを見る。
 普段物静かなあきが、こんなに激昂するなど珍しい。

「何怒ってるのよぅ。嫉妬?」

 これだけなことをしても、自分が何をしているのかわかっていないのか、ゆいは、後部座席からあきを見上げる。
 その馬鹿にしたような表情に、あきは、ぐっと拳を握りしめた。

 が、はた、と気付く。
 自分もさっさと乗らないと、真砂に迷惑だ。

「……すみません……」

 真砂に謝りながら、あきは助手席に座った。
 真砂はエンジンをかけ、すぐに車を出す。
 そして、ぼそ、と小さく呟いた。

「何故お前が謝るのだ」

「……苛々して……。周りのことも考えずに、怒鳴ったりして……」

 助手席で小さくなりながらも、あきの苛々は収まらない。
 後部座席では、ゆいが嬉しそうに捨吉に話しかけている。

 捨吉の声は聞こえないが、ゆいが楽しそうにしているだけで、あきは悔しくなった。
 嫉妬だけではない。
 これほど自分勝手に振る舞っておいて、何ら悪びれることなくおれるゆいに、怒りが収まらないのだ。

「まぁ、お前が皆の気持ちを代弁してくれたんだし」

 苛々とフロントガラスを睨んでいたあきは、かけられた言葉に、ちらりと視線を動かした。
 真砂は前を向いたまま、少しラジオのボリュームを上げた。
 あきが怒っているのがわかっているので、話しやすくしたのだろう。

「けど、お前もあんなに怒ることがあるんだな」

 あきがゆいに怒りをぶつけたことで、真砂の苛々も、大分解消されたようだ。
 先の爆発寸前のような恐ろしい空気はなく、淡々と言う。
 捨吉のことがある分、むしろ今はあきのほうが苛々している。

「そりゃ……。あたしの堪忍袋だって、緒が切れることもあります」

「まぁな。ここまで勝手な奴は初めてだ。さて、どこで捨てるかな」

 ちらりと真砂がバックミラーで後部座席を見ながら言う。

「捨吉とあいつは、付き合っているのか?」

「まさか。今日のゆいちゃんを見た上でそうなんだったら、あたし、捨吉くんを見損ないます」

 なるほど、と妙に納得し、真砂は考えた。

「でもあいつは捨吉を好いているのだろう? 捨吉はどうなんだ? 別に一緒に降りてもいいんだったら、捨吉のところで降ろすが」

「やめてくださいよ!」

 思わずあきは、真砂に噛みついた。
 珍しく、真砂が驚いた顔であきを見る。

「そんなことしたら、今度こそ捨吉くん、ゆいちゃんに食われちゃいます!」

「一緒に降ろしたって、そうなるとは限らんだろ」

「ゆいちゃんに関しては、通用しません。課長だって、鍋パーティーのときのゆいちゃん見てるでしょ。自ら捨吉くんを襲うゆいちゃんですよ。家を知ったら最後、今後捨吉くん、家に帰れなくなるかもしれません」

「……何故だ」

「あの肉食ゆいちゃんのことですもん。毎日のように、家まで押しかけかねないです」

「ちょっと待て。それ、あいつもそうか?」

 興味のない人の色恋なので、何となくぼんやり聞いていたような真砂の顔が、不意に引き締まった。
 ん? とあきが真砂を見ると、真砂は鋭い目で、随分先に見える清五郎の車を睨んでいる。

「気のある奴の家を知ると、誰でもそういうことをするもんなのか?」

 あ、とあきは真砂の言わんとしていることに気付いた。
 一瞬後ろの状況を忘れ、目尻が下がる。

「誰でも……ではないでしょうけど。でも、まぁそういうことが可能にはなりますね。まして羽月くん、深成ちゃんが病気になったときに、お見舞いに行きたそうでしたし」

 ちっ! と大きく、真砂が舌打ちした。
 清五郎が一番に深成を家まで送れば、一緒にいる羽月に深成の家が割れる。
 後ろの状況とは別のところで、真砂の機嫌が悪くなった。
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