小咄
 結局真砂や清五郎を乗り越えて捨吉を襲いに行くことも出来ず、何事もなく夜は明けた。

「さて。じゃあ帰るか」

 朝ご飯を食べて、軽く掃除をし、車に荷物を積み込む。

「あ~あ。帰りは行きとメンバー変えたりしないんですかぁ?」

 ゆいがぶつぶつ言う。
 千代が渋い顔をした。

「全くあんたは、ほんとに自分のことしか考えてないんだから」

「え~? そんなことないですよぉ。羽月だって、あっちに乗りたいでしょ?」

「馬鹿。捨吉なんて清五郎課長のとこから一番遠いじゃないか。真砂課長のほうに乗ったって、あんたのところは遠いんだからね。運転して頂いてるのに、勝手なことばかり言うんじゃないよ」

 ぴしゃりと言われ、ゆいはしぶしぶ清五郎の車の後部座席に乗り込んだ。
 が、未練がましく真砂の車を見る。

「あたしぃ、何だったら捨吉くんのところで降ろして貰ってもいいものぉ」

 助手席で千代は、はあぁ、とため息をついた。
 エンジンをかけながら、清五郎もため息をつく。
 そして、ぼそ、と小さく呟いた。

「ここまで積極的なのも引くな」

「そう……ですわね。大人しい羽月が可愛く見えますわ」

「羽月は大人し過ぎるな。ゆいと割ったら二人とも人並みになるんじゃないか? ま、羽月の場合は相手が悪い。おっそろしいボディガードがついてるからな」

 ははは、と笑う。
 あら、と千代は清五郎を見た。
 やはり気付いているのだ。

「そうですわね。あそこはちょっと、切り崩せないですわ」

「お千代さんでも無理なら、羽月なんぞ歯も立たん」

 笑いながら、清五郎はバックミラーを見た。
 後ろから、真砂の車がついて来ている。
 助手席に深成、後部座席に捨吉とあきだ。

「あっちは穏やかなわけだ。それぞれ目当ての相手ってことかな」

 ちらっと言ってから、ちょっと清五郎は、あ、というように口を噤んだ。
 千代のことを気にしたらしい。

「珍しいですわね。清五郎課長が口を滑らすなんて」

 ふふ、と笑う千代に、清五郎は曖昧に笑った。

「……油断したな。やっぱりお千代さんには敵わない」

 ちなみにラジオのボリュームを後部座席メインにしているので、前の会話は後ろのゆいたちには聞こえない。

「何だか清五郎課長にまで気を遣われると、微妙ですわ」

「お千代さんが傷付くようなことは言いたくないのさ」

「清五郎課長のその気持ちだけで、十分救われますけどね」

 何気に際どいやり取りである。
 あきがいたら、例え後部座席にラジオがかかっていても、前の会話のほうが大きく聞こえることだろう。

 そうこうしているうちに、車は来るときに落ち合ったサービスエリアに入った。

「ん~~っ! 遠出するのも気持ちいいねぇ。あっソフトクリームがある!」

 車から降り、思い切り伸びをしていた深成が、目ざとくソフトクリームの幟を見つけて駆けて行く。
 その隙に、ゆいが駆け寄って来た。

「ね、あたし、ここからこっちに乗る」

「は?」

 あきが訝しげに見ているうちに、ゆいは、さっさと真砂の車の助手席に乗り込む。

「ちょっと。そこは深成ちゃんよ。大体ゆいちゃん、思いっきり東じゃない。課長に送らす気?」

 あきが慌てていると、売店に行っていた真砂と捨吉が帰って来た。
 その後ろから、深成がソフトクリーム片手に、ててーっと走ってくる。

「課長~。みかんのソフトクリームだよ~」

 ほらっと真砂の口元に突き出す。
 あきがそちらに目を奪われた瞬間に、ゆいは助手席のドアを閉めてしまった。

「さて。ここからは帰るだけだね」

 言いつつ車に目をやった深成が、少し目を見開いた。
 自分が乗っていたところに、ゆいが乗っている。
 えっと、と真砂を見ると、真砂も訝しげな顔で助手席を見た。

「真砂課長~。ずっとおんなじ人が助手席にいたって面白くないでしょ? あたしが代わりますから」

「……お前が乗ったところで、どうやって帰るのだ。玉川町駅から電車で帰るのか?」

 冷たい目で真砂が言う。
 ちなみに玉川町駅というのは、真砂や深成らの沿線の西の端。
 一番西寄りの捨吉の駅よりも、ずーっと西の手前だ。
 ゆいなど捨吉の家までも送る気はないらしい。

「えっ……。えっと、あの、す、捨吉くんと一緒に降ろしてくれればいいです」

 思わぬことを言われ、しどろもどろになりながらも、ゆいは凄いことを言う。
 ちら、と真砂が捨吉を見た。

「なっ何言ってんだよ。何で俺と? だったらあきちゃんのところでもいいじゃん」

 捨吉が驚いて言う。
 真砂はため息をついた。
 ゆいを捨吉のところかあきのところで捨てていいなら、距離的には特に問題ないわけだ。
 が。

「こっちはそれで良くてもだな、お前が困るだろう」

 傍らの深成に言う。
 このサービスエリアを出ると、しばらく行ったところで分岐する。
 東方面と西方面だ。

 そこで、真砂と清五郎は別れるのだ。
 深成の家からは遠ざかってしまう。
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