小咄
 さてチケットを受け取ったものの、どうしたもんかと捨吉は考えていた。
 そろそろ定時である。
 今のところ、特にあきからチョコの進呈はない。

---う~ん、俺がこれに誘ったら、まるでチョコを催促してるみたいかなぁ。そうでなくても、当日気を遣って持ってきてくれるかもしれないし---

 それではプレゼント交換のようだ。
 そんな風に貰うチョコを求めているわけではないし、とぶつぶつ思いながら、捨吉はコピー機のほうに移動した。
 そこへ、二課のほうからゆいがやってくる。

「捨吉く~ん。良かったぁ、あたし、今日ずっと外回りだったから~」

 たたた、と駆け寄ってくるゆいは、鞄を持ったままだ。
 今帰って来たばかりなのだろう。

「あ、ご苦労さま」

 コピーを取りながら言った捨吉に、ゆいは息をついた。
 よほど急いできたのか、少し息が上がっている。

「どうしたの、そんなに急いで」

 捨吉が言うと、ゆいは顔を上げた。

「だって、捨吉くんが帰っちゃったら困るもの」

 そう言って、鞄をごそごそと探る。

「潰れてないかな……。はい、バレンタインのチョコレートよ」

 ゆいが鞄から出したのは、可愛いラッピングを施されたカップケーキだ。

「ああ、急いだから、ちょっと潰れちゃった。ごめんね」

「あ、ありがとう。これ、ゆいさんが作ったの?」

「うん。簡単なものしか作れないんだけど」

 ちょっと複雑な気持ちで、捨吉はカップケーキを受け取った。
 ゆいも普通にしていれば、そう嫌な子ではない。

 こういうところは良い子なんだけどな、と思うと、やはり無下には出来ないのだ。
 その様子を、少し離れたデスクから、あきがこれまた複雑な表情で見つめていた。

---ゆいちゃん……。何だかんだで、本気なのかしら。手作りって……---

 密かに足元の自分の鞄を見る。
 そこに入っているチョコは、昨日の帰りに百貨店のVD特設会場に行って買ったものだ。

---やっぱり手作りのほうが嬉しいわよね……---

 まだ付き合っているわけではないのだから、いきなり手作りなんかあげるのもどうだろう、と思って買ったものにしたのだが、やはり貰うほうからしたら手作りのほうが本気だと思うだろうし嬉しいものではないだろうか。

 しょぼぼん、と少し沈んでいると、真砂があきの席に来た。
 前にあきが提出した報告書を、ばさ、と机に置く。

「よし、OKだ。これで進めておけ」

「あ、はい」

 我に返り、報告書を受け取ったあきは、ちらりと真砂を見た。
 そういえば、真砂はどうなのだろう。

「課長」

 自席に戻ろうとしていた真砂が、足を止めて振り返る。

「課長は手作りのチョコと市販のチョコ、どっちが嬉しいですか?」

「どっちもいらん」

 一秒も考えることなく、ばっさり斬る。
 え? と思ったが、いやいや、とあきは手をぶんぶんと振った。

「いえ、違いますよ。あたしからとかじゃなくて、一般的に、男の人として。やっぱり単なる友達でも、手作りチョコのほうが、ぐっと来ますか?」

「来ないね。大体好きでもない奴からの手作りなんて、何が入ってるかわかったもんじゃないだろうが。そんなもん食えるか」

「……それは好きな子でも言えることじゃないですか?」

「好きな奴なら、目の前で作ればいい話だろ」

 どうも真砂は、『好きな奴』=『彼女』のようだ。
 彼女であれば、相手の家で作ることも、まぁ可能だ。
 全員が全員、そういうことをしているとも思えないが。

---ま、課長は自分が好きになった女の子は、必ず手に入れてきたんだろうしね---

 ひっそりと思い、密かに横の深成を見る。
 真砂は深成の背後にいるので、今の会話は筒抜けだ。
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