小咄
 そして定時のチャイムが鳴ったとき、営業フロアに一人の女性が入って来た。
 昼に惟道を連れ去った秘書課の女性だ。

「あら、まだ終わってない?」

 深成の机の横にいる惟道に声をかける。

「あ、いえ。後は明日、ゆいさんにここから教えて貰ってね」

 深成が言うと、女性はにこりと笑いかけ、真砂に頭を下げて少し離れた。
 秘書課だけあり、かなりな美人さんだ。

「えっと。じゃあ明日ね」

 何となく惟道を待っているようなので、深成は惟道を促した。
 頷き、惟道は二課のほうに戻っていく。
 その途中で、女性は「下で待ってるね」と声をかけて、フロアを出て行った。

「……昨日はゆいちゃんで、今日はあの人か。モテモテねぇ」

 あきが、ぼそっと言う。

「ていうか、ゆいちゃんが恐ろしいような」

 顔を上げて二課のほうを見てみると、惟道が席に帰った途端にゆいが話しかけていた。
 が、しばし話した後、空気がどす黒くなる。

「きっとゆいちゃん、今日も惟道くん誘ったんじゃないかしら」

 が、惟道はあの女性と約束がある、とでも言ったのだろう。
 ゆいの周りの空気がぴりぴりしているのがわかる。

「ゆいちゃんは、もう惟道くんと付き合ってるつもりなのかな?」

「だって、普通はそうじゃない?」

 小さく、深成が言う。
 やることをやったのであれば、付き合ってるんじゃないの、というのが深成の考えなのだが。

「う~ん……。確かにゆいちゃんも、そんな軽い子じゃないしなぁ」

 深成の考えも外れではないわけだ。
 順番が違うだけで。
 ただ惟道に限っては、当て嵌まらないようにも思う。

 そんな話をしているうちに、惟道が二課のほうから歩いてきた。
 帰るのだろう。

「おっと。わらわも上がろうっと」

 ばさばさ、と資料を片付け、PCを落とす。

「深成ちゃん、惟道くん尾けてみれば?」

「やだよ。ご飯行くだけでしょ」

「それだけかなぁ」

「違うくても、わらわは別にあの子に興味ないし」

「違う意味で、何か興味を引かれる子ではあると思うけど」

「あきちゃん、あんちゃんが悲しむよ」

 ぴ、とあきの鼻先に指を突き付け、じゃあね、と言って深成はフロアを出た。

---やれやれ。ほんと、深成ちゃんは他に目を向けるってことがないんだから。課長も安心でしょうね---

 ちろ、と上座を窺いながら、ひそりと思う。
 先の会話は聞こえていたと思うが、真砂は特に反応することなくPC画面を目で追っている。

---課長もかなりのイケメンだから、深成ちゃんにとっては惟道くんでもぐらつかないのかも。その点捨吉くんは、そこまでイケメンじゃないし、そう考えるとあたしがぐらつくのも無理ないわねぇ---

 その捨吉は、ここ数日出張でいない。

---捨吉くんがいない間、目の保養をしておこうっと---

 あきだって別に恋愛対象として惟道が気になっているわけではない。
 ただちょっと、あの闇の目は刺激が強いかもしれないが。



 さてフロアを出た深成は、一階で惟道たちと一緒になった。
 エレベーターの関係で、さして差が開かなかったらしい。
 といっても二人は少し前を歩いているので、向こうは気付いていないようだが(気付いたところで惟道は積極的に話しかけてくるタイプでもないし)。
 何となく、深成は間を取って後ろをついて行った。

 二人も深成と同じ方向の電車に乗った。
 途中に大きな駅があるので、大体飲み会に行く者などはそこで降りる。
 惟道の家がどこかは知らないが、とりあえずはそこに行くのだろう。

---う~ん。ていうか、あんな綺麗な人相手でも、表情がいつもと全く変わってないし---

 そういえば、千代に対しても何の反応もなかったな、と思っているうちに、二人はやはり途中で降りて行った。

 結構な美人さんにも反応しないというのは、真砂にも共通する。
 考えてみれば共通するところは多いのだが、決定的に違うのは人間味か。

 真砂は悪く言えば俗っぽい。
 惟道はそういう世間の垢にまみれていないというのだろうか。
 崇高、といえば言い過ぎかもしれないが、汚れていない感じがするのだ。

---なのに、やることはやるんだね---

 関係ないのにぶちぶち思う。
 そこは成人男子であれば目を瞑って欲しいところだ。
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