小咄
「人数に余裕があるうちにってんなら、ゆいちゃんも使える日にすればよかったのに」
ぼそ、とあきが言うと、真砂がちらりと二課のほうを見た。
「あいつは邪魔だろう」
ばっさりと斬る。
今も二課でずっと惟道に話しかけている。
教えているのもあるだろうが、いい加減そうべったり教えないでもできるはずだ。
大方今日の昼のことでも聞き出しているのだろう。
定時後となれば、それこそ仕事どころではなくなるので、あえていないときを狙ったのかもしれない。
「つかあいつ、今日は約束ないのかな」
真砂が惟道を見つつ言う。
毎日誰かと約束が入っているような惟道だ。
今日も忙しいのではないか。
が、実際定時後に資料室に行ってみると、ちゃんとそこには惟道もいた。
「今日はフリーなんだ?」
深成が聞くと、惟道は、軽く「いいや」と答えた。
「昼に約束をした女子があったが、こちらのほうがやるべきことだろう」
淡々と言う。
女子との約束など、どうでもいいような物言いだ。
「毎日のように帰りが遅くては、いい加減家の者も気になろうし」
言いつつ、ポケットから携帯を出して、短くメッセージを送る。
きちんと遅くなりそうなときは連絡しているらしい。
「悪いな。今日はそんなに遅くはならんよ。まぁよければ終わってから飯でも食いに行ってもいいが」
清五郎が言うと、惟道はふるふると首を振った。
「家人が心配性なだけです」
「いい人なんだね」
確か惟道は知り合いの家にいるとか。
育ての親から酷い仕打ちを受けた惟道を引き取ってくれたようなので、大学生になっても心配されるのかもしれない。
「いい人……ではあるかな。空気もいいし、居心地はいい。姉は乱暴者だが、俺より一つ上の弟が、とにかく人が良くて心配性だ。彼女に振り回されっぱなしだが……」
珍しく家庭のことを喋っていた惟道が、ふと口を噤んだ。
「……そうか。彼女、というのは、ああいう者のことか」
近い者の彼女を例にして、初めて『彼女』というものがどういう者のことを言うのかわかったようだ。
つくづく浮世離れしている。
「そういう位置に、今まで会って来た誰かを据えようとは思わない? そんな気なく、皆の誘いに乗ってたのかな?」
惟道が己のことを喋るのは珍しいので、あきはここぞとばかりに突っ込んでみた。
「皆そうやって、彼女という位置に誰かを据えるのか?」
「え? うーん、ていうか、まぁ自分も好きじゃないとだけどさ」
やはり、いまいち話が噛み合わないというか。
「はは。なかなか難しい思考回路だな。要は、お前が特別に思うかどうか、だよ」
清五郎が笑いながら助け舟をだす。
もっとも基本的なことなのだが、惟道は、ちょっと首を傾げた。
「お前のそういう、人に興味のないところは、真砂に似てるな」
清五郎の何気ない一言に、真砂本人よりも深成がどきっとした。
惟道が真砂に似ていると思うと、変に意識してしまう。
「……俺だって人類全部に興味がないわけではない」
少し憮然と、真砂が言う。
「そうだな、確かに」
意味ありげに笑いながら、清五郎が相槌を打った。
それを、惟道がじっと見つめる。
何かまたとんでもないことを口走るのではないかと、深成はひやひやしていたのだが。
「ではあなたは、皆が皆同じ、というわけではないのか」
案の定、惟道は自分と似ている、と言われた真砂に問いかけた。
「同じじゃないだろ。……まぁ、大方の人間は同じだが」
真砂も少し困ったように言う。
清五郎の指摘通り、真砂も深成以外は皆同じだ。
自分で考えつつ、なるほど、似てるかも、と真砂は密かに思った。
「その、同じでない人物というのが彼女ということですか?」
「そうだな」
「それは出会った瞬間から違うものであろうか」
「どうかな……」
あまり突っ込まれると、ぼろが出てしまいそうだ。
真砂も珍しく、内心ひやひやしながら、必要最低限の言葉を紡ぐ。
清五郎もあきも、自分たちのことは知っていると思うが、お互い何となく察している、というだけで、公言しているわけではない。
自ら公言することでもないからだ。
ぼそ、とあきが言うと、真砂がちらりと二課のほうを見た。
「あいつは邪魔だろう」
ばっさりと斬る。
今も二課でずっと惟道に話しかけている。
教えているのもあるだろうが、いい加減そうべったり教えないでもできるはずだ。
大方今日の昼のことでも聞き出しているのだろう。
定時後となれば、それこそ仕事どころではなくなるので、あえていないときを狙ったのかもしれない。
「つかあいつ、今日は約束ないのかな」
真砂が惟道を見つつ言う。
毎日誰かと約束が入っているような惟道だ。
今日も忙しいのではないか。
が、実際定時後に資料室に行ってみると、ちゃんとそこには惟道もいた。
「今日はフリーなんだ?」
深成が聞くと、惟道は、軽く「いいや」と答えた。
「昼に約束をした女子があったが、こちらのほうがやるべきことだろう」
淡々と言う。
女子との約束など、どうでもいいような物言いだ。
「毎日のように帰りが遅くては、いい加減家の者も気になろうし」
言いつつ、ポケットから携帯を出して、短くメッセージを送る。
きちんと遅くなりそうなときは連絡しているらしい。
「悪いな。今日はそんなに遅くはならんよ。まぁよければ終わってから飯でも食いに行ってもいいが」
清五郎が言うと、惟道はふるふると首を振った。
「家人が心配性なだけです」
「いい人なんだね」
確か惟道は知り合いの家にいるとか。
育ての親から酷い仕打ちを受けた惟道を引き取ってくれたようなので、大学生になっても心配されるのかもしれない。
「いい人……ではあるかな。空気もいいし、居心地はいい。姉は乱暴者だが、俺より一つ上の弟が、とにかく人が良くて心配性だ。彼女に振り回されっぱなしだが……」
珍しく家庭のことを喋っていた惟道が、ふと口を噤んだ。
「……そうか。彼女、というのは、ああいう者のことか」
近い者の彼女を例にして、初めて『彼女』というものがどういう者のことを言うのかわかったようだ。
つくづく浮世離れしている。
「そういう位置に、今まで会って来た誰かを据えようとは思わない? そんな気なく、皆の誘いに乗ってたのかな?」
惟道が己のことを喋るのは珍しいので、あきはここぞとばかりに突っ込んでみた。
「皆そうやって、彼女という位置に誰かを据えるのか?」
「え? うーん、ていうか、まぁ自分も好きじゃないとだけどさ」
やはり、いまいち話が噛み合わないというか。
「はは。なかなか難しい思考回路だな。要は、お前が特別に思うかどうか、だよ」
清五郎が笑いながら助け舟をだす。
もっとも基本的なことなのだが、惟道は、ちょっと首を傾げた。
「お前のそういう、人に興味のないところは、真砂に似てるな」
清五郎の何気ない一言に、真砂本人よりも深成がどきっとした。
惟道が真砂に似ていると思うと、変に意識してしまう。
「……俺だって人類全部に興味がないわけではない」
少し憮然と、真砂が言う。
「そうだな、確かに」
意味ありげに笑いながら、清五郎が相槌を打った。
それを、惟道がじっと見つめる。
何かまたとんでもないことを口走るのではないかと、深成はひやひやしていたのだが。
「ではあなたは、皆が皆同じ、というわけではないのか」
案の定、惟道は自分と似ている、と言われた真砂に問いかけた。
「同じじゃないだろ。……まぁ、大方の人間は同じだが」
真砂も少し困ったように言う。
清五郎の指摘通り、真砂も深成以外は皆同じだ。
自分で考えつつ、なるほど、似てるかも、と真砂は密かに思った。
「その、同じでない人物というのが彼女ということですか?」
「そうだな」
「それは出会った瞬間から違うものであろうか」
「どうかな……」
あまり突っ込まれると、ぼろが出てしまいそうだ。
真砂も珍しく、内心ひやひやしながら、必要最低限の言葉を紡ぐ。
清五郎もあきも、自分たちのことは知っていると思うが、お互い何となく察している、というだけで、公言しているわけではない。
自ら公言することでもないからだ。