もうスキすぎて~ヤクザに買(飼)われた少女~


もう、一体何が何だかわからない状態が続き、パニック状態に陥っていたけど、こうして一人になると、すぐに冷静さを取り戻した。



鏡の前に座る自分の姿は冷静になったからといって変わらない。



「酷い顔」



鞄の中からクレンジングを取りだし、一気にメイクを落とす。



普段から持ち歩いているクレンジング。



バイトは何曜日なんて決まっている訳じゃないから、化粧ポーチに常備している。



ホテルと名の付く場所にはクレンジングくらいはあるんだけど、肌荒れするのが嫌で持ち歩いていた。



さっぱりとした顔を鏡に写し、目の下の隈を指でなぞっていると、コンコンとドアが遠慮気味にノックされる。



「はい」



「飲み物持ってきたけど、開けて大丈夫?」



「あ、はい。大丈夫です」



手が塞がっているかもしれないと思い、返事をしながらドアを開けると、物凄く不機嫌な顔をしたジュンが立っていた。


「ちょっとジュン!!避けなさいよ!!ドアを開けるだけって言ったでしょ?!ごめんね、純麗ちゃん」



こんなおっとりと綺麗な女性が怒ったりするんだ。



そりゃあ、人間だから当たり前なのはわかってるけど……



芸能人やアイドルの追っかけをしていた子が昔言っていたあの台詞を思い出す。



「私の王子様はトイレなんか行かない!!」



中学にもなって、ホントに馬鹿なのかって、その子を心底軽蔑したけど、今まさにその状況。



イメージというか、願望なのか、この人はそんなことしないって思っちゃった私がいた。



トイレに行くことも、怒ることも、人間として当たり前のことだってわかっているにも関わらず、それをしないって思っちゃう。



そう思っているからこそ、目の前で怒っているお母様に不自然さを感じてしまう。



「痛ぇな」



「ジュンが避けないからでしょ?!さっさと避けろ!!」



「いや、あ、あの!!落ち着いて下さい!!」



今、避けろって言った?!



「何、テンパってんだよ?!ほら、行くぞ」



「えっ?!なに?私?!えっ?」



ジュンに引っ張られながらも、お母様から目が離せない。



だって、本当にその口があんな言葉を発したのか確かめたくて……



「ジュン、いい加減にしな」



「あぁ?!」



やっぱり、お母様だ。



今度は低い声でジュンに凄んでいる。

< 336 / 342 >

この作品をシェア

pagetop