バスボムに、愛を込めて


「早く飲まないと、時間なくなるぞ」


飲み始めてからずっと缶から口を離さないでいたら、腕時計を確認した本郷さんにそう注意された。


「……ですよね。でも、もったいなくて」


時間がないのはわかってるけど、本当なら“本郷さんがあたしのために買ってくれた記念”として、リボンでもかけて永久保存しておきたいくらいだから、どうしてもちびちび飲んでしまうのだ。

結局時間ぎりぎりに缶を空にし、二人で会場に戻る途中で本郷さんが言った。


「今日……食べたいもの考えておけよ?」

「は、はい!」


約束、覚えていてくれたんだ――。忘れてるだろうと思ったわけじゃないけど、やっぱりまだ本郷さんと距離が縮んでるっていう感覚に慣れていなくて、いつまで経っても夢心地。

でも、今日展示会を頑張れば、また少し彼に近づけるんだ。

開場直前の緊張感に包まれたフロアを、あたしは足取りも軽く進んで自分のブースへ向かう。

そこに到着して、ちらりと斜め向かいのブースに目をやると、本郷さんがいつものクールな表情で堂々と立っている。

一緒に頑張りましょうね――なんて、テレパシーが通じるわけもないけれど、あたしは心の中でそう呼びかけ、前を向いた。

目線の先にある入り口の大きな扉がゆっくりと開くと、たくさんの人がぞろぞろと入ってきた。

その数の多さと、聞かされていた通り外国人のバイヤーさんも決して少なくはないのを見て一瞬ひるんだけれど、あたしは笑顔を作って背筋を伸ばした。

大丈夫、いざとなったら、本郷さんが助けてくれる。

心の内でそう唱えれば、魔法にかかったようにあたしの不安は軽くなるのだった。


< 116 / 212 >

この作品をシェア

pagetop