HAIJI

 その日、父親は珍しく酒を飲んだ。
 寝る前におやすみなさい、と声を掛けたとき、「外交員になりたいんだったな」と唐突に言われた。
 視線は合わなかった。
 俺は「はい」と答えた。
 正確には、外交員になるための勉強がしたかった。
 「そうか、」とだけ答えた父親に、俺は最後にもう一度、おやすみなさい、と声を掛けたのだ。




 あの時、父親はもう俺を捨てることを決断していたのだろうか。

 だけど──なんで…?

 答えは何もわからないまま。








 ポン、と肩を叩かれる。


「色々と事情はある。でも、それは今考えたってわかることじゃない」


 声に誘われるように、青年の顔を見た。


「とりあえずお前が受け入れなきゃいけない現実は目の前にある」


 貼り付いてヒリヒリと痛む喉。
 本能的に生唾を飲み込む。


「──ハイジになれ…てこと…」


 自分に言い聞かせるように呟くと、青年が眉を寄せた。


「ちょっと、違うな」
「……は?」
「もっと根本的なこと」


 俺を見ていた青年の視線は、ゆっくりとスラムへと移された。


「生きるか、死ぬか──だ」


 俺の背中に、ずしり、と闇がのし掛かってきた。

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