地の棺(完)
過去からの呼び声
「あらら? 蜜花さん、どうしました? 疲れちゃいました?」


わたしの前を歩いていた多恵さんまでも、いつの間にか足を止め、こちらを見ていた。


多恵さんは額に流れる汗をタオルで拭いながら、肩で大きく息をしている。


「すみません。夕日に見とれて足を止めてしまいました」


「ああ、そうでしょ、そうでしょ。
加岐馬島から見える夕日は、人工物が邪魔しない天然もんですからねーー」


そういって豪快に笑う多恵さんに、雪君がふっと苦笑する。


「夕日はどこで見ても同じじゃないかな?」


「あら、なにかおかしいですか?
全然ちがうんですよ、本当に。
ねぇ? 蜜花さん」


多恵さんに返事を求められ、思わずうなずいてしまった。

確かに綺麗だと思うが、雪君が言うようにどこで見ても、目にしている夕日は一つだと思う。

でも多恵さんは満足そうな顔をして、山道を登り始めた。

春後半の山には、柔らかな緑色の草花が茂り、木々の葉の隙間からは白い日の光が差し込まれている。

澄んだ空気が心地よい。

多恵さんは数歩歩いては立ち止まり、汗を拭く。

なんとはなしに眺めていたのだが、同じように多恵さんを見ていた雪君と目があい、二人して笑った。


「家はこの坂を上がればすぐです。
あと少し、頑張ってください」


雪君と多恵さんのおかげで、感傷は消えた。

今にも悲鳴をあげそうな、ふくらはぎと太ももを心の中でねぎらいつつ、多恵さんに続く。

目的の志摩家を目指して。




わたしの名前は森山蜜花(もりやまみつか)。

今年十八歳になった。
< 2 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop