地の棺(完)
「はっきり見ましたか?」


はっきりと?

無理だった。

近寄ることもできなかった。

そんな自分が情けなくて、下唇をかみしめる。


「ううん。遠目に……見てただけ」


「そうですか」


あっさりとした返事に、不安になる。

初ちゃんはなにがいいたいのだろう?


「真紀さんの悲鳴は私にも聞こえました。

でも真紀さん、舌を切り取られていたんですよね?」


「快さんは、そう……言ってたけど」


わたしは確かめていないので、自信なさげに答える。

すると初ちゃんはゆっくりと顔を上げ、わたしの目を見た。

首を傾げ、不思議そうな顔をしている。


「舌を切り取られても、悲鳴ってだせるんでしょうか?」


「え?」


初ちゃんの質問の意味が分からなかった。

どういう意味?


「真紀さんはカフェスペースにあるテラス窓を破り、落下しました。

それはご存知ですか?」


「……いいえ」


「打ち所が悪ければ二階から落ちても死ぬことはあるでしょう。

でも真紀さんの場合、落ちた先は芝生の上だった」


「初ちゃ……」


初ちゃんの暗く光る瞳が、わたしの体の奥底を覗き込んでくる。

口元は下半月の形に歪んでいた。


「落下の衝撃で死んだわけではない。

となると、舌を切り取られたことによる出血死だと考えられます。

でもおかしいんです」


「な、なにが?」


「真紀さんの悲鳴ですよ。
ガラスが割れる音がして、悲鳴がしました。

つまり、ガラスを突き破った時点では彼女の舌はあったということでしょう?

じゃあ、いつ切り取られたんですか?」
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