地の棺(完)
深淵の渦
廊下に出ると、カフェスペースの前に人だかりができていた。

多恵さんや千代子さん、神原さんの他に、先ほど部屋から出て行った快さんやシゲさんの姿が見える。

なにかがあったのかと急いで駆け寄ると、



「あら、蜜花さん!
大丈夫ですか?」


わたしの姿に気づいた多恵さんが驚き声をかけてくれた。


「はい、わたしは大丈夫です。

なにか、あったんですか?」


そう尋ねると、多恵さんは困った表情で快さんに視線を向けた。

快さんはわたしの顔をじっと見た後、右手を額にあて首を左右に振った。

話すのを迷っているようなその姿に不安が増す。


カフェスペースは、昼間と大きな変化があるようには見えなかった。

窓ガラスが二枚、割れている事以外は。

なにかが起こったことはここに集まる人々の顔から一目瞭然だけど、皆それぞれ困惑した表情を浮かべるだけでなにも語ろうとはしない。

キョロキョロ周囲を見回していると、シゲさんがドンっと大きな音をたて、近くの壁を殴った。

音に驚き振り向くと、彼は額に今にも切れそうな青筋を浮かせ、目を怒りでギラギラとたぎらせている。

一体なにが……?

快さんはわたしの隣に移動し、耳元に口を寄せ言った。


「ガラスに気を付けて、窓の下、見てみて」


窓の下?


快さんの意味ありげな視線から、真紀さんに関係しているのだとすぐに分かった。

シゲさんの態度から、なんとなく予想はついていたけど。


ガラスの破片に気を配りながら窓に近づく。

誰かが片付けたのか、床に散らばる破片はほとんどない。

窓から顔だけ出そうとして窓枠に残ったガラス片に気づいた。

その尖り具合にぞっとする。


「蜜花さん。そのままだと危ないですよ」


戸惑うわたしに気づいた神原さんが、さっと近づき窓を開けてくれた。
< 73 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop