地の棺(完)
まさか、いや、でも……


中を覗いたほうがいいのか、それとも誰か呼びに行ったほうがいいのか、葛藤と緊張で心臓がばくばくと激しく鼓動する。

屋敷の誰かかもしれない。

でももし違ったら?

音を立てないようにそっと障子戸に近づく。

少しだけ。少しだけ中を確認してみよう。

細く開いた隙間から見える室内は薄暗く、少し煙い。

お香の匂いが強いことから、この部屋の中で焚かれているんじゃないかと思った。

中にいる人物に気づかれないように、注意深く部屋の中を見回す。

すると、部屋の中央に脱いだ着物が数枚、山となって重なっていることに気づいた。

誰かが着替えていたのかと焦ったが、それらしい人の姿はない。

気のせいだったかと戸を閉めようとしたその時、着物の山が動いた。

間から突き出たのは、細く白い手。

それは宙を掴もうとして、沈む。

その手に追うように、誰かが上体を起こした。

目を引いたのは、肩に刻まれた横に長いの傷。

少女のように華奢な体は、猫のようにしなやかな動きで、舞うように動く白い手をそっと引き寄せ、唇をつけた。


クスクスと、耳にこそばゆい女性の笑い声。


目にしたものがなにか理解したわたしは、激しく後悔する。

これじゃただの覗きだ。

そう思い、慌てて離れようとした時、中の人物がわたしを見ていることに気付く。


目が合い、すぐに逸らした。


そのままゆっくりと後ずさる。

そこにいたのは、初ちゃんだった。

初ちゃんはわたしを見ながら、口づけしていた手の指を口にくわえる。

そして、妖艶な笑みを浮かべた。
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