地の棺(完)
呼ばれてると言われていかないわけにはいかない。

頭の中は不安でいっぱいだったけど、階段を下り、志摩家の母屋へと続く緑色の扉を開いた。

ほのかに漂うお香の匂いに混じる木の香り。

雨のせいか、湿った空気を体にまとわりつく。

長い廊下は歩くたびに床が軋み、時間の割にとても薄暗かった。

廊下の突き当りまで来て、足を止める。

縁側に面したここを左に曲がれば階段が、右に曲がれば三雲さんと桔梗さんの部屋があると雪君は言っていた。

でも。

本音を言えば行きたくない。

桔梗さんと二人っきりっていうシチュエーションが怖かった。

体は大人になったけど、わたしの中身は子供のまんま。

他人の悪意に敏感で、嫌なことから逃げることばかり考えてる。

大きなため息を吐き、気持ちを切り替えるため、庭に目を向けた。

細い雨が静かに庭石を濡らし、黒く光っている。

芝生は碧さを増して、木の葉も心地よさげに水の恵みを受け入れていた。


表の庭は華やかで目見鮮やかだけど、わたしはこちらのほうが好き。

枝垂れ桜の木の枝が、姉がわたしに両手を広げた時の姿に重なるから。

目の淵に涙が溜まり、零れた。

慌てて手の平でこすり、庭から目をそむける。

桔梗さんに会う前に泣くなんて。

大丈夫、大丈夫。

なにもとって喰われるわけじゃない。

ガラス戸に背を向け深呼吸を繰り返していると、目の前の障子戸が少しだけ開いていることに気付いた。

閉め忘れだろうか?

閉めておこうと近づいた時、中で人が動く音がすることに気付く。

この時、わたしの頭の中には、

『真紀さんを殺した誰か』

『そしてその体を持ち去った誰か』

という、この屋敷にいる人以外の第三者の存在が浮かんだ。

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