地の棺(完)
「あ、あの、つ、椿さんは姉とはどういう……」


「え? ああ、ごめんなさい。柚子にあなたの話を聞いていたから、すっかり知ったつもりになってたわ。
私、柚子とは大学で一緒だったの。ここに住むことを決めたのも、二人で相談してなのよ」


椿さんの口から語られた話はわたしにとって衝撃的だった。

そんな話、今まで聞いたことがなかった。

姉がこの島で暮らし始めた理由をわたしは知らない。

椿さんなら、彼女ならいろんなことを知っているはず。

期待で頬が紅潮していく。


「あの、椿さん、わたし、あなたに色々と教えていただきたいことが……」


勢いのまま椿さんに話しかけたが、椿さんはすでにわたしには興味をなくした顔で神原さんの右腕にしなだれかかった。


「センセ。私、先生に見てもらいたいものがあるの。
今から部屋に来てくださらない?」


神原さんは慣れているのか、まったく顔色を変えない。


「すみません。実はこれから、旦那様と外に出かける予定なんです。

あ、そういえば蜜花さんは何故こちらに?」


椿さんの手をそっと離しながら、神原さんはわたしを見た。

椿さんは露骨にムッとした顔をしているが、そちらを見ないように答える。


「あ、あの、桔梗さんに呼ばれていると千代子さんに聞いて……」


いけない。

すっかり目的を忘れるところだった。


「奥様は今お休みのようでした。少し時間を置いて行かれたほうがよいかもしれませんね」


「そう、ですか……」


桔梗さんとの対峙が少し伸びたことにほっとする。

感傷的になったあとだったので尚更に。


「私と旦那様でこれから土砂崩れの状況を確認してきます。雨も弱いですし、人力で取り除くことができれば一番ですから」


「危ないわ、センセ」


椿さんは神原さんの右腕を再び抱きしめ、自分の胸を強く押し当てた。

同性のわたしが思わず目を背けるぐらい、はだけた胸元はいやらしい。

しかし神原さんは全く動じずに、さっと自分の腕を抜き取った。


「夕飯には戻り、状況をお話しします。
奥様には蜜花さんがいらっしゃったことを伝えるようにしておきますので、また奥様がお目覚めになった時にでも千代子さんに呼びに行かせますね。

よろしければ初さん、彼女をお部屋に……」


「いいえ!」


神原さんの言葉を慌てて遮った。

失礼だと思ったが、初ちゃんと二人きりになりたくなかったから。
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