地の棺(完)
驚いた顔でわたしを見つめる神原さんと椿さん。

大きな声を出しすぎた。

焦りから背中に嫌な汗が流れる。


「あ、あの、わたし一人で大丈夫です」


初ちゃんと二人きりになるのは怖かった。

あの深い海の底のような瞳を見ていると、心が吸い込まれそうになる。

そんな心中を読んだのか、初ちゃんは暗い笑みを浮かべた後、外に目を向け、そのままこちらを振り向こうとはしなかった。


「そう、ですか」


神原さんも少し疑問に感じてはいたようだけど、追求せずにいてくれた。

今のうちに立ち去ろう、と、頭を下げ、再び顔を上げると、目を細めてわたしを見つめる椿さんに気付いた。

目が合うと、にっこりと微笑み、自分の小指を口に含み、甘噛みする。

その姿を見て、全身がかっと熱くなった。

いたたまれず、走るように立ち去る。

椿さんは、わたしが見ていたことに気付いていたのだ。



緑の扉を抜けた後は、走るようにして自室に戻った。

とても気分が悪かった。

4のプレートがついた扉を開けると、慌ててトイレに駆け込む。

不快な感情の塊を吐き出したかった。

しかし、ろくに食事をしていないせいか、苦い胃液だけでなにも出てこない。

それでもわたしは、しばらくの間トイレから出ることができなかった。


姉の事をよく知っているかもしれない椿さんとの出会いは、わたしに希望を抱かせた。

でも何故だろう。

椿さんの事を今まで誰も教えてくれなかった。

食事の時も、皆が集められた時も、椿さんはいなくて。

そして初ちゃんとのあの……

彼女の存在はわたしにとって、希望であり、新たな不安となった。

約一時間後。

雪君が呼びに来てくれたのだが、それは、夕食の誘いではなく、新たな悲劇を告げるためのものとなる。
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